短編

□甘い甘い、どこまでも
1ページ/2ページ



結局、その最終日まで天候に恵まれた今年のGWで。
例年と同じく、夏の始まりを思わせるほどに気温も上がり、
発色の良い新緑が芽生える中、
ツツジや空木、ハリエンジュやユキヤナギの弾けるような白が、
青葉とのそれは鮮やかな拮抗を見せつつ風に揺れて。
そこは一般の皆様と同様に、
日常からやや離れ、仕事も面倒ごとも忘れて過ごそうと。
中也が隠れ家として所有する、翠多き丘の上の一軒家にて、
手近な小旅行気分で、束の間の羽伸ばしに身を置いていた彼らであり。
近所にある小さな印象派美術館へ出かけたり、
そのまま木洩れ日がキラキラと目映い小ぶりの森へ散策に運んだり。
そうやってはしゃいだ後の晩餐には結構なご馳走が並び。
前菜にはハーブで風味付けしたポークのすり身、今日はパイ生地でくるんで焼いてパテにし、
見た目が華やかな、海老とアボカドに水菜の生春巻きを添えて。
メインにはローストビーフ、フライドポテトとに茹で卵のカナッペ。
里芋のスパイシーな素揚げに、ブロッコリとショートパスタのサラダなどなどと。
こういう方面へはやや勝手が判らぬか、図体はでかいが手の遅い“助手”を器用に使いこなし、
豪勢な夕餉を供したシェフとそのお仲間たち。
そうそう四六時中共にいるでもないのに、共通の話題もなかなか尽きずで。
それでも更夜と呼べるだろう時間帯に入れば、幼いクチの少年がうとうとと舟をこぎ始めたので、

 「風呂に浸けて寝かすわ。」

そうと告げ、肩を貸した敦を抱えるようにして中也が立ち上がったのをキリに、
あとの二人も用意された居室へ下がる。
もともと資産家の別邸だったらしく、結構な人数で使える屋敷なので、
寝室も離れて用意できたし風呂等の水回りもそれぞれについており。
此処からはそれそれで静かに過ごす時間を持てるという運び。
もう数日ほど使っている寝室付きの居室へと着き、
ほれ風呂に入れ、何だったら入れてやんぞとまで言えば、
それはさすがに恥ずかしかったか、

「じ、自分で入れますよっ。」

羞恥心がちょうどいい目覚ましになったらしく、
着替えを抱え、湯を張った浴室へ向かう細っこい背中へ
くつくつと楽しそうに笑った中也だった。



ごく一般の家庭のそれより広いだろう風呂は却って落ち着けないのか、
中也が覚えている風呂ギライの誰かさんといい勝負の速さで上がって来た虎の子を。
しょうがねぇなと苦笑交じりに出迎えて、
頭から新たにタオルをかぶせてやり、ごしごしと掻き回してやってからドライヤーを取り出せば、
自分でやるからともぎ取って、彼こそ風呂へ行ってくれと言いつのる。

「でもなあ、酒が入ってるからのぼせると危ねぇんだよな。」
「あ…。」

実をいえば、そんな間にこの少年があっさり寝落ちしてしまったらと、
そこをだけ危ぶんでの大層なお言いよう。
片や、自分はアルコールにはまだ縁がないけれど、
この兄人が結構な呑み助で、
そのくせ強くはなく、酔いつぶれて寝てしまう姿を結構見ている敦にしてみれば、
そうと言われれば強くは出られず。
もうもうと膨れたその隙に、ドライヤーを奪い取られてお世話になってしまったり。
一房だけ長いままのサイドの髪もするりと真っ直ぐ丁寧に。
あちこち微妙に不揃いなままなのを、
跳ねたり乱れたりせぬよう、そりゃあ器用に乾かされ。
ホイ終わりと温風が止んだのと重なって、

「すまんな。」
「はい?」

そんな一言が敦の耳へ届く。
他に誰がいるでなく、中也がこぼした一言で。
見ようによってはワイルドなシャギーの入った赤い髪、
やや鋭角でそこが癇癪持ちに見えなくもない、
敦の好きな端正なお顔を縁取っていて。
今はさすがに手套のない手がそれを掻き混ぜながら…ぼそりとこぼしたのが、

「太宰まで来ちまっちゃあ、日頃と変わらないだろうに。」
「あ…。」

連休だな、どっか出掛けるか?
行楽地への旅行なんてのは人を観に行くだけになりそうだから、むしろ全くの平日がいいし…。
そうだな、隠れ家の中に閑静な丘の上のってのがある。
温泉を引いてて、静かなところにあるのがいかにも別荘風なんで、のんびり出来るぞと。
そんな風に言って数日ほどの小旅行だと誘ったのに、
実質二人きりだったのは、此処へまでやって来るのに利用した列車の旅くらいのもの。
芥川が来たのはまま想定内ではあったれど、
まさかにその翌日にあたる今日は血相変えて太宰まで押しかけてしまおうとは…。
これでは敦にとって全くの全然バカンスじゃあないのではなかろうかと、
約束したのと話が違ってしまったの、がっかりしてやないかと、
これでも気になってた彼だったようで。

「あ、えっとぉ。」

すぐ後ろで髪を乾かしてくれていた中也がそんな萎れた声を出したのへ、
ありゃと慌てて振り返れば、視線も伏せがちの見るからに傷心モード。
敦を甘やかすことが楽しくてしょうがない傾向(ふし)のある中也としては、
“よ〜し思う存分手を掛けてやるぜ”なんて思っていたのかも知れず。
そこまで察した敦としては、

「いいえ、あの、とっても楽しいですよぉ。」

思ってもみなかったところまで案じてくれているのだという過保護さへ、
目を見張るほどびっくりし、むしろあわわと慌ててしまう。

 「…。」

声を掛けても俯いたお顔が上がってこない。
これは本気だと
わあどうしようと あのあのと焦りつつ、

「芥川、と、あんなにお喋り出来たりしたのもボク得でしたし、
 皆でワイワイするのも最近になってから体験出来てることなんで嬉しかったですし。」

生きていることが呪いだったとまで思うほど、
それは過酷で実質は孤独なばかりな子供時代を送ってきた敦だ。
親しい顔ぶれで集まって笑顔に囲まれて騒ぐだなんて、
夢のような時間の過ごし方に違いなく。

 「……。」

それはもう楽しんでますよと訴えるも、それでは中也の狙いとは違って残念しきりなのか、
頼もしいはずの肩を落としまでしているまま、塑像のように動かない。

「あの、だって僕、まだ中也さんと二人きりには慣れてないし。」
「…。」
「緊張しちゃって何も喋れなかったりしたかもで。」
「……。」
「だから、あのその…。」
「そうか、俺ってまだ敦には怖がられてんのな。」

やっと口を利いてくれたかと思えばそんなことを言うのだもの。
そんなことはないと慌てて膝立ちになり、俯いたままの中也の肩へしがみつく。

「怖がってなんかいませんよっ。」
「でも、緊張すんだろ?」

顔を上げぬまま、声は続けて。

 「何されるか判らねぇから怖いのか?」

淡とした声は、そのまま消え入りそうに静かで。

「そうだよな。
 思わぬ相手からべたべた触られんのは気分悪いし、
 でもおっかない相手じゃ断れねぇよな。」
「そ、それは…。」

何かというと髪を掻き回したり頭を撫で回したり、
やたらとスキンシップを構えるところ、中也にも自覚はあったらしく。
ああでもでも、

「厭だなんて一度だって思ってませんよっ。」

頭とか背中とか撫でてくれるのとか、
飛びついたらぎゅうってしてくれるのとか、
どれも好きですよぉと言いつつ。
そのままぎゅうと、大好きな兄人の肩から背と胸元へ向けて、
腕を回してしがみつけば、

  「……そうかそうか。」

うんうんと頷く気配が届いてのそのまま、

 「では遠慮なく。」
 「はい?」

覗き込みかかってたお顔、
伏せられていた青玻璃の双眸がくりんと開いて視線をあげる。
横合いから抱き着いた格好だったため、
いきなりこちらへ向いた中也の顔が随分と近く。
それは凄艶なまでに麗しのお顔が
目許細めて悪戯っぽくにんまり笑ったの、間近で視野へ収めたと同時。

 “………あ。/////////”

がっしりと抱きしめ返され、
ひょいと身をひねっただけで あっさりぱふりとソファーの座面へ押し倒されて。

 「さぁあ、少しは上手に息継ぎできるようになったかな?」
 「あ…や、あの、えっとぉ。///////////」

何をするにあたっての“息継ぎ”か、これで把握できている敦も敦で。
太宰さんとか居るのに辞めときましょうよぉと仄めかしても、
聞こえな〜い♪と、打って変わってにっこにこのお兄さんであるあたり。
どうやらお芝居だったらしい泣き落としに見事引っ掛かってしまった虎くんで。
二人きりになりたかったのは、
そしてそんな中でじっくり堪能したいことがあったのは、
どうやら中也さんの方だったようでございます。

 「ほ〜ら、怖くないぞ〜♪」
 「みゃあぁあ〜〜。////////」




次へ
前の章へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ