パレードが始まる前に

□桜日和 4
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『明日、昼から港の高台公園にいる。』

港町ヨコハマの名所公園といえば、まずは大桟橋の横手に広がるヤマシタ公園が挙がろう。
車止めのような柵の向こう、前面には広々と望める海、
後背には銀杏並木と瑞々しい芝生という開放感あふれるロケーションから、
ドラマや映画でもよく登場する場所で。
四季折々にバラやユリなどの特設展示が披露され、
数々のレンガ造りの建物や氷川丸など著名な観光史跡もほど近く、
大道芸ショーなどなど屋外イベントの開催も多いため、
ヨコハマといえば…と大概の観光客がまず目指す処でもあり。
そこからもう少し西へと進み、
閑静な屋敷町を貫く山手通りの坂を少し上がれば、
先に紹介したヤマシタ公園よりも高みから港の俯瞰を楽しめよう、通称 “港の高台公園”に至る。
教会や旧領事館が荘厳な佇まいで居並び、外人墓地もほど近く、
湾岸に近いヤマシタ公園や中華街辺りに比すれば、ずっと厳粛な空気を醸す土地柄であるはずが、
近年のインバウンドの煽りか、此処へまで運ぶ観光客も増大し。
ならばと広場を整備し、四季折々のイベントを設けたところ、
今やこちらもまたヨコハマといえば…の目玉観光地に数えられつつあって。
今日だって平日なのに、結構な人の波。
まだ春休みだからか、自分と同世代くらいの若い顔も多数みられる雑踏の中、
敦はうんざりするどころか ますますとワクワクする心持ちを押さえられずにいた。

 “うわぁ、とうとう着いちゃった。”

朝からずっと気持ちが逸っていて、抑え込むのが大変だった。
今も、探偵社からここまでを バスに乗らず自前の脚で駆けて来たのは、
虎の異能を使った方が早いから…じゃあなくて、
ゆるゆる進むのだろ各停バスに乗っていたのでは、到底 じっとしてなんかいられないと思ったから。
周囲の人波を器用にさばいて駆けて駆けたその結果、
社からは結構な距離があったけど、息も弾まぬまま到着しており。
実のところ急ぐ必要もないのにネ、
何なら故意に遠回りをして 自分で自分を焦らしても良かったかもと、
心にもないことをチラッと思ったりしたのも、

『どこに居るか、ヒント無しで探し当ててみな。まずはそこからだな。』
『…判りました。探し出せたら会ってくれるんですね。』
『ま・そういうことだな。』

ああ、いよいよあの人に逢えるんだという新たなワクワクが
どうしようもないテンションで高まっていて、
胸の奥から指先までも、どこもかしこもウズウズするまま
どうにかなってしまいそうだったから。
昨日までのそれは、仕事で訪れていた先に互いに居合わせたからという逢瀬だったが、
今日のは大きく違って、それぞれの意思で赴いたプライベートなそれ。
まさかにすっぽかされたらどうしよう…とは一縷も思っていない。
だってあの人は約束は破らない。
一見 利かん気そうな風貌だのに、それは律儀で一本気で、
こんな子供へも正面同士で向き合って言葉を尽くしてくれる人。
でもだからこそ、

 “こちらも約束を守らなくちゃ。”

これじゃあいけないと、大きく息を吸っての深呼吸を3回ほど。
それからやっと、他の人たちと同じよに
海側へ向かって開けている敷地の中へと踏み込んでゆく。

 「えっと。」

入り口周辺から見渡しただけでも広大な公園なのは明白だったし、人出も多くて。
かてて加えて、実は一度だって来たことのない場所だ。
そんなところから待ち合わせの相談もしないままな相手を捜そうだなんて、
ちょっとしたドキュメンタリー番組が撮れそうなほど無謀な仕儀だったが、

『俺は4時ごろまでなら待てると思うから。』
『そんなに待たせませんよ?』

胸を張って告げたその通り、
敦には中也を見つけ出せるという自信のようなものがある。
これまでそれほど探し物が得意だと意識したことはなかったし、
そういや、しばしば行方不明となる某自殺愛好家の先輩さんは
何処へ雲隠れするものか、見失うとなかなか見つけにくいのだけれども…。
此処へ来るまでのワクワクの高まりをそのまま素直になぞらえれば、
きっとその先に、あの人がいるに違いなく。
まだ着いてないのかな? いやいや、そんなことはない。
だって…ほら。

 “…あ、こっちだ。”

潮風にさらさらした髪を遊ばれつつ、お顔を向けたは少し先の山手側。
…って、キミ、虎の異能者だったよね? 猟犬の異能だったっけか?
海や港を見下ろせる側に背中を向けたまま、迷いなく歩みを進める少年で。
それこそ、待ち合わせの約束があるところへ向かっているかのような足取りは、 
他の観光客の進みようからちょろりと外れ、
管理棟だろう地味で小ぶりな建物がある方へと向かっていて。

「何だ観光客じゃないのかぁ。」
「残念〜〜。」

土地の人かここの人かな、案内のお仕事とかあるんじゃない?と、
なんかいい感じの子だよねと気を留めたそのまま
声を掛けかかってた若い女性らを残念がらせていたとも気付かずに。
それほどまでに “いいお顔”をしつつ、
土地勘がなけりゃあ判らなかったろう、建物の間際にうっすらついてた細道を、
乾いた下生えをサクサクと踏みつつ進み続ける。
まだ何も見えないというに、
やわらかそうな口許がついついほころぶの、隠しもしないで…。


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