短編

□贅沢なお悩み?
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今日も今日とて やはり芥川の帰り道に現れた太宰であり。
じゃあ帰ろうかと促され、含羞みつつ頷いたものの、
はっと思いだしたのが今朝の一幕。
捨てるなら焼却処分にするようにと言われて、
中也から持ち帰りを許された例の書類を外套のポケットから取り出せば。
広げずとも判ったらしい太宰、

「中也が怒ったのも重畳だけれど、
 キミに失点がついたならごめんよ。」

謝りながらも可笑しそうにくすくすと笑い、

「でも、こうして会話のとっかかりになったでしょ?」
「??」

書類への悪戯にびっくりしたでしょう?
何てことをしてくれたと少しは怒りもしたでしょう?
今だってちょっと複雑そうな顔をたくさんしている。
そんな風に言ってやっぱりくすくすと笑い続ける彼であり。

「話題なんてのはわざわざ作るものじゃあないんだけれど、
 中也の名前が出る話を私にはしにくいキミだろから、その点が気の毒だなと思ってね。」

こういう話なら大歓迎だよと、可笑しそうに笑う彼なのへ、
しばらくほどぽかんとしてから、あっと何かに気がついた。

 「どうしてそれを。」

何を話したらいいのか判らないと、他でもない人虎の少年へ相談まがいなことをした。
こういう話を持ち掛けられる相手がいないと焦ったがためのことで、
だが、中也に話したのは判るとして、
当事者の片やである太宰にまでご注進に走るあの少年だとは思えなくて。
なのにどうしてそうまで正確に会話の中身を知っているのだと問うた芥川へ、

「ごめんね。
 私が同坐するわけにはいかないけれど、何を相談したいのかは知りたくて。」

そうと言ってこちらへ手をのばしてきた彼が、
除けもしなけりゃ警戒もしない青年の襟元へ触れると、
外套の襟の下へ指先を入れ、
そこから摘まみだしたのは、ボタンくらいという小さな小さな一つの異物。
芥川にも見覚えのあるそれは、

「…盗聴器、ですか?」
「そう。」

異能を発現させるために必要で、日頃から着ている必要のあるこの外套なら、
まずはどこかへ置いてけぼりにはならぬだろと。
一昨日の面会当日の朝、こそりと忍ばせておいたらしく。

 だってキミったら、
 申請書類の連絡先へ自分のメアドをまんま書いてたでしょう。

「住所や電話番号を事情があって記せない依頼は珍しくはないけど、
 そういうのは基本、怪しむのが普通でね。
 なので下調べを前もってされる恐れもあったのを、
 私が認可しちゃったはいいけど、そうなると担当も振られる。」

樋口さんだったっけ、
彼女も拠点の固定電話の番号をそのままウチへの依頼書に記してたよね。
そういった“情報”をおろそかに扱っちゃあいけないよ、と。
にっこり笑った師匠なのへ、ああそれであんな穴だらけの申請書が通ったんだと今やっと納得する。
賢い弟子が何へ納得しているのか、言われずとも察しがついてる師匠としては、

「だから、あのね?」

理知的な深みある色合いに満ちた双眸を柔らかくたわめると、
可愛くてしょうがない青年へこれこそ大事と告げたのが、

 「お義理で付き合ってくれてるなんて思ってないから安心して。」

彼らの間で交わされた会話の一部、

 仕える者が義務で侍っているような、

 そんな付き合いようをしているものかと誤解されては…

ちゃんと聞いてたし、そこが一番の心配らしいと掬い上げ、
彼にもお気に入りの猫っ毛を大きな手で撫でてやり、
“そのくらいで手放すもんですか”と、にっこり笑う強かさよvv

「…。」
「というか、無断でこんなもの付けられてたんだって怒らないの?」

いくら従順でもこういうことへは一線引けないと後々困らない?なんて。
誰がやらかしたことなんだと問いたくなるような言い回しをする、
ある意味 相変わらずな暴君かも知れぬ師匠だが、

「関心を持ってもらえたんだと…。」
「キミったらどんだけ私を甘やかすかなぁ。」

小さな声でこうと返されてはいけません。
暴君の札も引っぺがし、ふにゃんととろけるしかないようで。
随分と陽が落ちるまでが長くなった黄昏時の帰り道、
のんびりと歩きつつ会話を交わす。

 中也さんの話をしてもいいのですか?
 …必要最小限にしてね。
 どうしてこうまでの悪戯をなさるのですか?
 親愛の情からじゃないから誤解しないでね。

「だってあいつってば
 キミの一番かわいかった十六歳からの四年間を独り占めしてたんだよ?
 それが悔しいから嫌がらせにも熱が入るんだな。」

いかに怒り心頭か、
やや語気が強くなり、綺麗な拳を力強く握り込む太宰なのを見、

「…そうなのですか。」

自分が関与していると言われ、ちょっと含羞む青年だったが、
そもそもそれって誰のせいなのかと突っ込める人はいなかった。
何処に居たって潮風が吹き抜け、
坂道を登れば港が望める、ヨコハマらしい夕景のなか。
敬愛する師匠に それはそれですと冷静なツッコミを入れられるよう、
芥川くんの今後の成長を祈ろう。




◇おまけ◇

寝る前のひと時に戦術の話もしてくれる、正しく才色兼備のお師匠さま。
異能封じを操るというとチ―トな存在だと思われもするが、
それってつまりはただ単に相手を無力化できるだけのこと。
自分から何か仕掛けるにはとなると、
前衛特化タイプの力自慢と組むか、
卓越した頭脳とマフィアで学んだ奥深い経験値を生かし、
様々な策を弄す下準備が欠かせずで。
多種多様なカードを前もってどれほど伏せていても思わぬ突発事態は起きるもの、
そうなれば、キレのある冴えた身ごなしでもって自身で血路を切り開くしかないものだから。
大局に応用する戦略と同じほど、実地で繰り出す戦術にも長けておいで。

「こういう場合の諜報活動に最適なのは?」
「二重間諜です。」
「正解だよ。」

諜報戦は苦手で、すぐにも相手の間者もろとも敵を鏖殺しては
情報の枯渇にあっても知らないよと首領からクギを刺されまくりだった子が、
今ではすらりと言えたキーワード。
枕を並べて寝ころんでという、何ともお暢気なお勉強会にて、
成長したねぇと、間近になった猫っ毛を梳きつつお顔をほころばせておれば、

「第4肋骨を2回目に折った時に覚えました。」
「う…。」
「?」

何気に言ったところ
不意打ちにあったかのように表情が凍った太宰だったため。
どうされましたかとそれへこそ案じて小首を傾げる芥川なのへ、
いやいやなんでもないよと誤魔化して。
昔の実戦の資料が閉じられた教本もどきをパラパラとめくり、

「じゃ、じゃあ、こちらの暗号コードは通称なんていうか覚えているかい?」
「F−645↓です。
 これは 太宰さんから22口径で初めて撃たれた時に教わりました。」

口径が小さいから接射じゃない限り死にゃあしないよと言われました、と。
屈託なく懐かしそうに口にする本人様なのだが、
かつての非道を挙げられた側はたまらない。

 “…いや当たり処によっては死ぬよ、それ。”

ついつい表情も凍ってしまい、愛し子の前で勢いよく頭を下げるしかなく。

「ごめんなさいっ。」
「?? 太宰さん?」

別に厭味で細かいところまで浚っているわけじゃあなくて、
あの時は痛かったし怖かったけど、
そっかだから覚えられたんだとむしろ感動している芥川であるらしく。
そんな彼と打って変わって、
痛かったろうし怖かったろう、ごめんねごめんねと、
素直なまんまの愛し子な奇跡へ感動しつつも、
ポートマフィアの元・歴代最年少幹部様は今になって因果応報してればいいです。




   〜Fine〜  17.04.14.〜04.16.







 *ウチはネタ話しかUP出来ないのだろうか。
  漆黒の覇王様、
  実は天然だったりしてというのが私の中で絶賛発動中ですvv
  太宰さんが中也さんを心を込めて思いきりくさせば、
  「それは “のろけ”ですか?」とか言いそうです。
  覚えたての言葉をむやみやたらと使わないように。


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