短編

□罪作りな無知
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淡いグレーに染まった
壁いっぱいの窓には白更紗のカーテン。
その向こうに降り落ちるのだろ、
静かなこぬか雨のささやきがしっとりと響く。
春の昼下がり、室内はさほど冷えてはおらず、
少し古い映画を見るためにつないでいた旧式のモニター、
今は何も映さずさあさあと白い砂嵐。
テーブルにはミネラルウォータの緑色のボトルが仲良く並び、
その輪郭を甘やかな吐息がするりとすべり落ちる。

 「…ちょっとだけ力抜いてみな。」

いなすような柔らかさで低められた声は、
猫の喉鳴りみたいな響きを底のほうに含んでいて。
触れるか触れないかという間近にあった口許、
ふっと吐息がかかれば、
合わさりが薄く薄く剥がれて震え。
それを宥めるよう、まずは額同士をくっつけ、擦りつけてから、
何か囁きつつ そおと触れるは、先程の声の主の唇。

 「ぁ…。」

向かい合う相手の濃色のシャツの肘あたり、
ついのこと指先に摘まんだ敦の頬を、
膝立ちになった赤い髪の兄人が
今は手套のない手で柔らかく包み込んでいて。
伏し目がちになった睫毛の下、
深青の瞳が逃さぬよう見つめやる年下の情人は、
まるで激しい情事のさなかのように、
双眸を潤ませ、頬を赤々と熟れさせており。
やさしく愛でられている唇も、
自身の吐息に炙られ、とうに甘く濡れていて。

「ん…。」

ちょっぴりむずがるような声になったのへ、
喉の奥で小さく笑い、名残惜しげに口許を解放してやれば、
ふっと短い息が吐き出されて、そのまま続いた浅い呼吸は急くようなそれ。
まだうまく息が出来ぬようで、
熱に浮いて放心したような表情なのを覗き込み、
柔らかでまだまだ幼い作りの口許の傍、
かすかにこぼれていた唾液を指の腹で拭ってやると、
ゆるく萎えている身を ふふと薄く笑いつつ双腕の中へと抱き込める。

「悪いことばっか、覚えさせてるな。」

テーブルへと手を伸べてボトルを手にし、
懐の愛しい子の口許へあてがってやりつつ、
誰に云うともない口調でそんな言いようを口にした中也だが、
愉快そうに微笑っているのだから罪悪感はないようで。
そんな彼の言いようへ、敦自身もゆるゆるとかぶりを振り、

「ボクが、馬鹿だから。」

いけないんだという語尾が、
力なく止まった口許の手前でつるりと逃げたのへ、
溜息みたいにくつりと笑った中也の胸板が震え。
何言ってるかなと、少年のさらりと指通りの良い髪を掻き回す。

 “でも、ホントにそうなんだもの…。”

乱暴に見えて、でも、ごしごしと頭を撫でてくれる手のひらは心地いい。
懐ろ、胸元へくっついてるの、
さりげにもっと密着させてくれて、それも嬉しい。
敦の口許が知らず知らず弧を描き、
ちょっぴり大胆になった手が、大好きな人の痩躯に回って背中まで。
そのままぎゅうとしがみつくと、
ますます密着した兄人のシャツに染みた甘い香りが強くなり。
それに励まされるよに呟きが洩れた。

「だってもう、口で言うだけじゃあ足りなくて。」

何を訊いても答えてくれるほど、沢山の事を知っていて。
凡そそういうものだという理不尽もジレンマも、
その懐ろに山ほど呑んでいて でも揺るぎなく。
強くて頼もしくて優しくて、この身に余るほど素敵な人が
自分のことを好きだと愛しいとかまいつけてくれる嬉しさよ。



 だがだが、

身の内に膨らむ恋情の想いは、
敦の乏しい語彙ではもはや変換しきれないほどになっており。

「好きって百回言っても大好きって千回言っても追いつかなくて。」

普段は伸びやかなのに、低められると深みが増してドキドキする声や、
食べ物飲み物のみならず、タオルやリネンの手触りまで、
敦の好みをすぐ覚えてくれて卒のないところとか。
逢うごとに素敵なところが増えてゆき、
これ以上はないと思ったはずがもっともっと好きになって。

 おはようからおやすみまで中也のことを想わない日なんてない、
 そのくらいあなたでなければ夜も日も明けなくなってて…。

傍に居る中也へ、全部全部 届けたい伝えたいのに、
どんなに紡いだところで もうもう追いつくどころの話じゃなくて。

 もどかしくてじれったくて泣きたくなるほどで

苦しいとむずがり、向かい合った中也の顔、
今にも泣き出しそうな目で見やったのは敦のほうで。
過呼吸にでもなりそな顔で、
どうしたらいいのと眉を下げてた愛し子へ、
そのまま抱きしめ背中をさすり、
それでも足らぬとかぶりを振るので、
額へ頬へと唇を寄せ、
しゃくり上げかかっていた口許へ目がいって…。

 「そうだな、大人を惑わすとは悪い子かもな。」

そんな言い方をしつつ、でもでも敦の髪を透く中也の声は飛び切り甘くて。
すっかりと力の抜けた虎の子の少年の、
やわらかで愛しい身を腕の中へ再び掻い込むと、

 “...ものすげぇ口説き文句じゃねぇか。”

他所でうかうか言わないよう、口止めしないとななんて。
大人げなくもわくわくとし、
長く下ろした前髪の陰で、
どう堪えてもほころんでしまう口許の対処にただただ困っていた、
こちらも幸せいっぱいな重力遣いさんだった。





  〜Fine〜  17.4.11.


*こ、これって誘い受けでしょうか?
 ねだり受けかな?(そんなのあるんかい)
 とりあえず、やれば出来る子です、私。
 こういうのを置かなきゃダメじゃんと、
 今 自分で突っ込んでます。
 中也さんがあまりに放り出されてるような気がして、
 敦くんとの甘甘なところを救済させていただきましたvv
 さすがにR指定するほどじゃなかろと思ったんですが、
 一応は注意書きを掲げた辺り、どんなBLサイトだここは。(笑)


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