ヒロイン生活始めました。
□07.どんぐり
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いーちゃんから熱烈なキスをもらってから早2週間。
あれからいーちゃんが私の家に泊まりに来ることもあったけど、あの時のようなディープなキスもそれ以上の展開にも生憎発展はしていなかった。
ただちょっとだけ進展したこともある。
今までいーちゃんは泊まりに来た時、かたくなにリビングで寝ていたけれど、今は寝室の私のベッドの隣に布団を敷いて寝るようになったのだ。しかもおやすみのチュー付き♡
チューって言ってもほんとチュ、てかんじの触れるだけの軽いキスだけど、今までに比べたら物凄い進歩だと思うんだよね!てか私も正直いーちゃんからチューしてくれるだけでもう心臓爆発する勢いだからね!ほんとご馳走さまです!
で、そんなリア充まっしぐらの私は今、取引先から直帰で帰宅中。
せっかく早く終わったのだから、と、いーちゃんの職場に足を伸ばしたのだけれど、残念ながらいーちゃんは次の譲渡会会場の下見で職場にはおらず仕方なくいつもの帰り道を一人とぼとぼと歩いていた。
時間は午後3時。
外回りしてるってことはいーちゃんいつもより遅くなるだろうなぁ。とりあえず一旦家に帰ろうかな。
買い物をする気分でもないし、いつもならチビ太さんのところで一杯やるとこだけど今日は店休日。
なんだか寂しくなって俯きながら公園を横切っていると、ヒールの爪先がなにかをコツン、と蹴り飛ばした。
蹴り飛ばされたそれはコロコロと転がり、3メートルほど先で公園の花壇にぶつかりとまった。
ーーーどんぐり?
もう霜が降り始めたこの時期に、どうしてこんなとこにどんぐりが?ていうか久しぶりに見たかも。こんな都会にもあるんだね〜。
なんてしみじみ思いながらそのどんぐりを拾えば、その30センチほど先にも同じ種類のどんぐりが落ちているではないか。
公園のあたりをキョロキョロ見回してみても、どんぐりの木は見当たらない。
んん?一体どこから来たの、このどんぐり……。
不思議に思いながらもそのもう1つのどんぐりも拾って公園を出、川沿いを進むとまたもやどんぐりが姿を現した。
よくよくその先を見れば、約3メートルほどの間隔でどんぐりが落ちているのが見えた。………え〜なにこれ!?トトロなの!?ちっさいトトロが落として行ったの!?
もうさっきまでの鬱々した気分は消え去り、私の脳内はもはやメイちゃん化していた。こうなったらトトロを捕まえるしかない、と謎の使命感で、私は落ちているどんぐりを拾いながらトトロ(仮)を追いかけることにしたのである。
結果から言っちゃおう。
トトロ(仮)を追い求めてたどり着いたのはまさかのいーちゃん宅であった。
……いやまず普通にあの川沿いからいーちゃん家は歩いて5分ちょっとの距離。
だけどどんぐりを追ってきた私はあの後路地裏に行ったり空き地に行ったりとにかく40分ほどしてこの松野家にたどり着いたのである。
ーーーまさかトトロの正体はいーちゃん?なんて思っていると、松野家の玄関が勢いよく開いた。
「あっ!凛ちゃん!!今日はおやすみでっか!?一松兄さんはまだ施設だよ!」
と、元気に出迎えてくれたのは十四松くん。
そしてその十四松くんのパーカーからポロ、と落ちたそれは正しく、私が拾い続けていたどんぐりだった。
『トトロの正体は十四松くんだったか〜!はい、これ落し物』
そう言って十四松くんに拾い集めたどんぐりを差し出せば、パアッと十四松くんがさらに口を開いて喜んでみせた。ーーーくっそ可愛い。
「どんぐり!凛ちゃん拾ってくれたの!?ぼく今日いっぱい拾って来たのに家に帰ったらこれしか残ってなくて!」
とパーカーのポケットから5個のどんぐりを取り出して見せてくれた十四松くん。
『そこに入れて落しちゃったの?…ちょっといい?十四松くん。……あ、ほらポケットの中穴開いてる!』
十四松くんの了承を得てパーカーのポケットに手を入れて見れば、内側に5センチほどの穴が開いているのが分かった。これじゃあ、せっかく拾ってもすぐに落ちてしまう。
がーん!と効果音を口に出してショックを受ける十四松くんに、それくらいなら直してあげられるよ、と松野家の裁縫セットを借りて直してあげることにした。
松野家は珍しく十四松くん以外は出かけていた。
いーちゃんママがいればすぐに裁縫セットがどこにあるのか分かったのだけど、なんとか十四松くんが探し出してきてくれた。
「裁縫セット発見伝!」と誇らしげに居間に現れた十四松くんはほんとかわいかった。君は確実にいーちゃんの可愛い遺伝子を引き継いでいるよ!
破れたポケットを居間でチクチク直し終えれば、十四松くんは嬉しそうにまたそのパーカーを着てくれたけど、ポケットに色々詰め込むであろう十四松くんに、他に何かいいポーチ?バッグがあればなぁ、と考えていた私。
ちょうど買い物を終えたいーちゃんママが帰ってきて、それならと十四松くんが昔使っていたウエストポーチを押し入れから引っ張り出してきてくれた。
「直してあげようと思ったまま忘れちゃってたのよねぇ」
そう言って渡されたウエストポーチは、所々破れていて年期の入った、だけどいつかまた使えるようにと綺麗に洗われた十四松くんらしい黄色と白のヒッコリーのデニムポーチだった。
『破れてるとこと解れてるとこ直して、あとはツギハギになったところはワッペンとかで隠せばまだまだ使えそうだね!』
「凛ちゃん直してくれるんすか!?ぼくもお手伝いしマッスル!」
こうして私たちのウエストポーチ作りは始まった。