銀魂長編 〜英雄の凱旋〜

□第2訓 奇襲
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秋の夕暮れは本当に短い。
 真っ青な青空はいつの間にか姿を消し、こぼれ落ちそうな程のたくさんの星々を背景に、空には満月が昇っていた。
 満月にぼんやりと切れ長い雲がかかり、どこからか、フクロウの鳴き声が聞こえる。
あたりが完全なる静けさに包まれている中、大きな寺がまるで主のように鎮座していた。
かつてこの寺は、地元民が毎年参拝に来る程賑やかだったのだが、戦争の影響で地元民は皆この地から逃げてしまい、現在は攘夷志士の拠点となっている。
 虫の音を聞きながら、高杉はぼんやりと月を眺めていた。聞こえるのは虫の奏でる音楽、ススキが風で揺れる音のみ。一瞬、戦などないかのように錯覚してしまう程の静けさだ。しかし紛れもなく自分達は死と隣り合わせの日々に生きており、師を取り戻さんと戦の毎日を送っている。命の失われない日はなく、敵を斬る感触のみが自分は紛れもなく生きていると実感させるのである。最近では、生と死の境目がだんだんと感じられなくなっている気がしていた。
 (こんな時、お前なら何て言うだろうな)
 今は亡き友へと思いを馳せる。師を取り戻さんと戦場を共に駆け抜けた友。彼がいなければ、今の攘夷軍は存在しなかっただろう。人懐っこい彼の笑顔が思い出される。
 彼ならば、笑って、何やってんだ、と言ったかもしれないし、何も言わないかもしれない。しかし、いくら尋ねようと答えは永遠に返ってこないのだ。
 吹きつける風の冷たさにふと我に返る。感傷に浸るなど自分らしくない。自分はどうやら本当に頭がおかしくなったのか、と思わず自嘲してしまう。
 そのとき。
 突然耳に鋭い声が飛び込んできた。
 
「敵襲ー‼ 敵襲ー!」
 叫び声と共に、爆発音がいくつか聞こえてきた。地響きに立て掛けてあった刀がカタカタと音を立てる。
 小さく舌打ちをすると、刀を掴み即座に戦闘態勢に入る。襖を勢い良く開け、爆発音のした方に向かっていると、丁度桂と合流した。
「こいつァ、一体何の騒ぎだ?」

「恐らく天人の仕業だ。寝込みを襲ったつもりのようだな」
 いつ何時敵が襲ってくるか分からない。夜と言えども、攘夷軍ではいつでも戦えるように訓練されている。

「ハッ、舐められたもんだぜ」
大袈裟にため息をついてみせる。寝込みを襲えば倒せるとでも思っているのだろうか。どうも天人というのは侍を見くびっているようだ。

「全くだな」
 普段滅多に意見の合うことのない2人でも、少なくとも今回は違うようだ。

「休戦中、と言っておきながら攻撃、か。いくらクソ野郎の人間でも休戦締結くらい守るが…天人となりゃ違ェみてーだな」

「すぐに天人と分かり合えるのであれば、苦労はするまい」
 ふ、と桂が笑みを溢す。

その時、聞き慣れた声が耳に飛び込んできた。
「ヅラァっ!」

 見ると銀髪の男が走ってくるところだ。見慣れた顔に思わず桂の顔に安堵の色が浮かぶ。
「銀時!」

駆け寄って来る銀時は途中で眉間に皺を寄せる。
「んだよ…クソチビもいんのかよ…」

「悪かったなクソチビで」
 当の高杉はどこ吹く風だ。

「喧嘩しとる場合か! 銀時、何かあったのか?」

「ああ…。奴ら、裏の方からも回って来やがったて、怪我人のいるところへ向かってる。今は辰馬が応戦してるが人数が足りてねェ状態だ」

 怪我人、という言葉を聞き、不意にギョッとした様子で高杉が尋ねた。
「…おい天パ、天人が回ってきたところって…まさか西の方からか?」

「あ?ああ…そうだけど」
 銀時の返事に、高杉の表情が凍りつく。
 そこは……鬼兵隊の怪我人が休んでいるところだった。高杉のいつもと違う様子に、銀時は眉をひそめる。彼の顔に張り付いているのは、いつもと違う不安と恐怖の色。
 どうした、と銀時が声をかける前に、高杉は突然脱兎のごとく別方向へ走り出した。

「おい馬鹿杉、どこ行くんだよ⁉」
 呼びかけるが高杉は止まらない。

「ちょっとー!高杉くーん⁉」

「単独行動はよせ!敵の罠かもしれん!」
 桂の必死の叫び声はもはや彼に届くことはなく、高杉の姿は森の中に消えた。
 









心臓が早鐘のように鳴り、切れた息遣いが耳元で聞こえる。鬼兵隊の隊員達の顔が走馬灯のように思い出され、思わず拳を握り締める。茂みに足を取られそうになるが、高杉は体に鞭を打ち、闇夜の中を走り続けた。



















ーー鬼兵隊陣営、西棟。

「…ッ……どりゃあッ!」
 一声をあげ己を鼓舞し、敵を斬り捨てる。天人の胴が真っ二つになり倒れた。刀のぶつかり合う音があちこちで聞こえる。戦特有である血の匂いが鼻を突く。

「まだ減らんのか⁉ゴキブリみたいに沸いてきおって!」
 変わらぬ状況に思わず坂本が苛立ちの声を上げる。さっきから斬っても斬っても敵の数は減らない。心なしか、味方の数の方が減っているようにも見える。
 などと考え事をしていると、吠え声をあげて虎顔の天人が斬りかかってきた。振り下ろされる剣を刀で受け止めるが、のしかかる力の強さに腕が震える。

「今は休戦中の筈じゃろが⁉」
戸惑いを隠せない言葉に、虎顔の天人はニィッと犬歯を覗かせて笑う。
「俺達天人には…休戦なんて言葉は無いのさ!」

  天人の言葉と同時に力で押し切られ、危うく地面に転がりそうになるが、坂本はギリギリのところで剣を躱す。
 虎顔の天人はおるのに何で可愛い猫の天人はおらんのか、と場違いな愚痴を内心で溢す坂本。攘夷志士の中でも長身の部類に入る坂本だが、目の前の虎男は坂本よりも一回り大きい図体である。力で敵わない相手ならどうしたものか、と思案していたとき。
「辰馬‼」
  聞き慣れた声が耳に飛び込んできた。驚いて振り返ると、長く尾を引いた白い鉢巻を風にたなびかせながら此方に向かって走って来る高杉の姿。
「高杉⁉ おまん何でこげなとこにおるんじゃ?」

 息を切らせながら、鋭い眼光で坂本を見る。
「話は後でいい! 怪我人達は無事か⁉」

「ああ、怪我人達は東の棟の方に移動させとる。安心せえ」
 彼の言葉に、思わず安堵の息をつく。
「そうか…良かった」
  
安心するのも束の間。目の前の虎男は、剣を振りかざし此方の様子を伺っている。その鋭く光る眼光は、獲物を狙う肉食獣を思い浮かばせる。
 坂本はちらり、と高杉を一瞥すると、
「高杉、おまんは東棟を頼む!怪我人のおる所が一番手薄じゃ!」

次々と地に倒れる仲間達。それに対して敵の数は多くなっている。彼らを残して東に向かってもいいのだろうか。一瞬高杉の瞳に迷いの色が浮かぶ。
(早く行ってやれ、鬼兵隊のもとに)
坂本の真っ直ぐな瞳がそう言っていた。いつもは能天気で何を考えているか分からない彼だが、この男のバカ正直なところに銀時達は何度助けられたことか。
 脳裏に鬼兵隊の面々が思い浮かぶ。
「分かった!」
  坂本の言葉に力強く頷くと踵を返して東の方へ走り出した。




















東部。食料庫付近の攘夷軍東棟。

 空に浮かぶ満月が黒雲に覆われ、辺りは再び闇に包まれる。先程の西棟に比べて、辺りは嘘のように静まり返っている。天人達はまだ東棟へ来ていないようだ。
 横たわる怪我人達の間で、時折苦しそうな呻き声が上がる。西棟は主に鬼兵隊が使っており、鬼兵隊の怪我人は西棟にいたところを襲われたのだ。
ここに移動させた怪我人の多くは鬼兵隊の者が多かった。
 怪我人達の額に、一通り濡れタオルを取り替え終わると、医療班の班長、宇田川洪庵は思わず安堵の息をもらした。心なしか、怪我人の表情も幾分穏やかに見える。水の入った桶を部屋の隅に置き、縁側に座っている友の隣に腰を下ろす。しばらく沈黙が続き、ぼそりと隣の友が言葉を紡いだ。
「助け出せた怪我人は……これだけ、か…」

「………」
 友の言葉に宇田川も俯く。カコン、と添水の打ち付ける音だけが辺りに響いた。
 天人突然の襲来により、全員の怪我人を救い出すは出来ず、出来る限りの怪我人を東棟に移すことが精一杯であった。坂本の率いる部隊が来なければ一体どうなっていたことだろう。

  突然、友人が悔しそうに拳を自分の膝に叩きつけた。
「くそッ…天人の奴ら…!まさか休戦中に襲ってくるなんて…」
先刻の戦は攘夷軍、天人共に甚大な被害が出ていた。そのため暫しの休戦を、と申し出てきたのは天人側だった。元来侍同士の戦いでは一騎討ちも見られる程に道理が重んじられる。確かに銀時の奇襲作戦など相手の裏をかくこともするが、幾ら何でも休戦締結を破るなんてことはしない。
(奴等には戦いの道理というものがないのか…)
  天人達の行動に、宇田川は呆然とする。
 後ろの怪我人達を振り返ると、皆今は落ち着いている様子だ。時々うわ言を言っている者もいる。
鬼兵隊の頭である高杉は、生憎今日は中央会議があったため中央棟にいたのだ。万が一中央棟の方まで天人が来ているのであれば、中央棟での戦に足を取られてここまでこれる可能性は少ない。やはり彼等を守れるのは、今は自分達しかいないのだ。
 これ以上仲間を失ってたまるものか。
ぐっと拳を握って言う。
「兎に角、今は怪我人の安全が第一だ。いつ奴等が襲ってくるとも限らねェ」

「……ああ、確かにそうだな」
友人の顔を見て力強く頷く。
「俺たち医療班は怪我人の看病に全力を尽くす。お前らは天人の動きに注意して、見張りを続けてくれ」
「わかった」
 友人は門の方へ、宇田川は怪我人達の元へと戻っていった。



 夜の静まり返った森の中。東棟を見つめる無数の赤い目が、闇夜に浮かび上がる。満月が雲に覆われた瞬間、全ての時は止まった。
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