Story

□-tion
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荒い息が暗い部屋に響く。

「あ、あ、はっ…」

ヴィクトルが打ち出すリズムに合わせて声を上げる。

まるで僕自身が楽器になってしまったみたいだ。

綺麗な音は、出せないけれど。

「ん、んんっ…!」

ベッドが背中でゆらゆらと揺れている。

スプリングが軋まないのは、良いベッドだからだろうか。

「ゆうり」

名を呼ばれて見上げると、ヴィクトルは動きを止め、その銀色の髪を搔き揚げた。

快楽の余韻なのか、眉間に皺を寄せたまま、こちらを見下げている。

こういう顔も、絵になるからずるい。

「な、に?」

「気分乗らない?」

くたり、とした自分のものを握りこまれ、僕は体を震わせた。

そうじゃない。

そう否定をしたとしても、今はきっと信じてもらえないだろう。

ヴィクトルは握りこんだ手で優しく刺激を送ってくる。

それでも、僕自身は柔らかいままだった。

「…今日は、終わりにしようか」

「え…?でもヴィクトルまだ」

「大丈夫だよ」

ずるり、とヴィクトルが体から抜ける感覚に、僕は思わずヴィクトルの腰を足で抱えこんだ。

「勇利?」

ヴィクトルは不思議そうな顔をした。

汗が一筋、彼の頬に伝わって僕の肌に落ちてきた。

「続けて」

「でも」

「いいから」

「…」

ヴィクトルはゆっくりと自身を僕に埋めなおす。

「ん、っ」

そうして僕にキスをしてきた。

唇を舌でなぞり、そっと口内へ入り込む。

柔らかく心地よいその動きに、蕩けていく。

「…勇利」

長いキスの後、ヴィクトルはそっと唇を離して僕の名を呼んだ。

「勇利って本当、考え事すると体に出るよね」

「…!」

「何考えてた?」

「別に、何も…」

「今日のジャンプの失敗?それとも新しい靴合わなかった?」

「…」

「勇利、息、吐いて」

「…?」

「ほら」

促されて、言われるまま息を吐く。

「体中の息、全部吐き出して」

大きく息を吐く。そして大きく吸い込んだ。

ヴィクトルが視線で促すので、何度かそれを繰り返した。

抱き合っている最中に、一体何をしているんだろう。

「体今、どんな感じ?」

大きく息を吐いた後そう問われて、自分の体を意識してみる。と、なんだか体が重く感じられた。

ふ、とすぐ側に居るヴィクトルの気配を体中の肌が感じ取った。

温かい、ヴィクトルの気配。

今更そんなことを感じながら、僕はヴィクトルを抱き寄せた。

肌の匂い、触れた感触が、じんわりと僕の体にしみこんでくるようだ。

しばらくそのままでいたヴィクトルは、少し体を起こすと、僕の目蓋にキスをした。

「今は、俺のことだけ考えてね」

そう言って唇にキスをすると、ヴィクトルはオイルを足し、またゆっくりと体を動かし始めた。

動きに合わせて、体中が次第に痺れてゆく。

「んっ」

ヴィクトルはオイルで濡れた手で、僕のそれをまた握りこんだ。

あっという間に欲の形を成して、僕は何だか少し恥ずかしくなる。

ヴィクトルを見上げる。目が合うと、彼はただ笑って僕にキスをしてきた。

「んっ、ぁ、あっ」

「っ、は、」

先程のキスとは違う、激しいキスに僕はついてゆくのに精一杯だ。

「んっんんっ!ヴィク、トル、そこ、っ…!」

ヴィクトルは少し体を起こし、穿つ角度を変えた。

「ね、ヴィクトルっそこ!そこ、やめ…っんあっ!」

繰り返される強い刺激に、僕はヴィクトルの腕を必死に掴んだ。

「あっ、あ!あ、あ、あぁっ!」

やめていやだと首を振っても、その動きは止まらない。

「ヴィっ、や、やめっ…!んっ、んんぁっ!!」

手で強く擦りあげられ、僕はヴィクトルの手の中にその欲を放った。

ひく、ひくりと体が勝手に揺れる。

それでもヴィクトルの動きは止まらない。

「ま、って、ヴィ…っ、ぁあ、あ!あっ!」

ヴィクトルは僕にまた覆いかぶさるようにする。

しっとりとした肌と、熱、と、耳元での荒い吐息にまた僕は欲情させられる。

ヴィクトルらしからぬ荒々しさで穿たれ、僕は息すらも吸えているのか分からなくなって。

「…ぃ」

ヴィクトルが何か呟いたようだった。

「…り、ゆ、りっ…、は、」

吐息に混じるかすれた音は、僕の、名前で。

「っ、んんんぅっ!!」

触られてもいないのに僕は精を放った。

「んうっ、は…っ!…あっ、っ!」

それと同時に、ヴィクトルは大きく体を何度か打ち付けて、僕の中に彼の欲を残した。







「勇利」

「ん…?」

ぼんやりとした視界に、ヴィクトルが見える。

ヴィクトルはバスローブ姿で、ベッドサイドに座っていた。

「水、飲む?」

「うん…」

部屋はまだ暗い。

「僕、寝てた?」

「少しね」

ペットボトルの水を渡され、それを一口飲み込む。

随分と喉が渇いていたんだな、と飲んでから気がついた。

ヴィクトルはバスローブを脱いで、ベッドにごろりと横になる。

僕はサイドテーブルにペットボトルを置くと、ヴィクトルに目をやった。

誰が見ても、美しい体だ。

「ゆうり」

その体の持ち主は、のんびりとした声を出しながら僕に手を差し伸べている。

僕はそれに誘われるように、そのまま腕の中に納まった。

「ね、ヴィクトル」

「何?」

「あの、無理に僕に合わせなくて良いから」

「?」

「さっきみたいな時、ヴィクトルが気持ちよくなってくれれば僕は」

「ゆうりぃ」

咎めるような声に、僕は少々戸惑う。

「だってほら、その、今日は上手く行ったけど」

「上手く行ったとか…。これはスポーツじゃないんだから」

「そうだけど、でも」

「あのね、勇利」

コーチの時の声色だ。条件反射で聞く姿勢に入ってしまった。

「いま、自分の体どんな感じ?」

「…?」

どんな、と言われて体に感覚を向けてみる。

「…だるくて、でも体中の力が抜けてて、心地いい…」

「うん」

「それと…」

「それと?」

「ヴィクトルの存在を、凄く近くに感じる」

そう言うと、ヴィクトルは「パーフェクトだね」と言って微笑んだ。

「こういうことは、愛し合うもの同士だからこそできるコミュニケーションであり、リラクゼーションだよ」

愛し合う、なんて惜しげもなく言えるのは、さすがロシア人というべきだろうか。

「リラクゼーション」

「そう。体も気持ちも、する前より楽だろう?」

「…うん。ヴィクトルも?」

「うん」

「そ、ういう、もの、なのかな」

「そういうものだよ」

そう言って、ヴィクトルは僕をそっと抱きしめる。

「だから、俺だけ、とか…。寂しい事言わないで」

寂しい、といわれてようやく僕は気がついた。

そう言われたヴィクトルがどう感じるか、あまり考えていなかった事に。

「そうか、寂しいのか…」

思わず口をついて出た言葉に、ヴィクトルは苦笑しているようだった。

「勇利。出すだけなら、一人でするよ」

「…うん。そうだね。ごめん」

僕はヴィクトルの形の良い唇に触れるだけのキスをする。

ヴィクトルは少し驚いたような顔をして、またとけそうな顔で笑った。

僕は彼の腕をすり抜けて起き上がり、布団を手繰り寄せる。

「で?勇利は何を考えてた?」

「んー」

ばさり、と僕は軽い布団を僕達にかけた。

何を考えていたのか。

練習に少し遅れたとか。

新しいスケート靴は足首の部分が少し硬かったとか。

そのせいでジャンプが上手く行かないとか。

ずっと着ていたTシャツにいよいよ穴が開いてしまったとか。

悪口、とか。

いつもならどれもどうにか処理する事だ。

それが、ここの所重なって起こって…

行為が始まる前から、気が散漫だった気がする。

でも、今は。

「どうでも良いことに思えてきた」

そう素直に伝えると、ヴィクトルは、ははっ、と笑った。

「さあ、寝てしまおう。明日は早起きの予定だからね」

「お弁当、簡単なのにしようか」

「サンドイッチとか?」

「うん。それとマッカチンのご飯忘れないように、しなく、ちゃ…」

ふああ、と僕が大きなあくびをしていると。

「あれ、ヴィクトル?」

彼はもう、夢の中に旅立ってしまっていた。

「…おやすみ」

銀色の髪越しに額にキスをすると、僕も布団に潜り込む。

心地よいシーツに包まれて、僕も目を閉じる。

ロシアの桜は、いったいどんな感じなんだろう。

ふ、と思い浮かんだのは、故郷の長谷津の桜だった。



end

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