Story

□僕らの年越し
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ヴィクトルは横長いソファに寝転がり、マッカチンを抱きながらテレビを見ている。

ロシアの歌手とか僕は良く知らないけれど、故郷の年末を思い出して何だか気分がほころんだ。

ソファからはみ出したヴィクトルの足先が、さっきからそわそわしている。

「出来たよ」

「Yes!」

ヴィクトルがソファから体を起こすと、マッカチンは飛び降りた。

ヴィクトルはこちらを見て微笑んだ。

テーブルの上には、蕎麦が2つ並んでいる。

「デパートにお蕎麦があって良かった」

「こっちでも、大抵の日本の食材は揃うだろう?」

「まあ、そうだね…」

高いのだ、という言葉は飲み込んだ。

年越しのための、特別だから。

「オソバいい匂い!」

ヴィクトルはキッチンの椅子に座る。

「it's 年越し蕎麦」

「長生きするように、だったよね」

「うん」

「願いを込めて食べ物を食べるって、何だか不思議な感じかするよ」

「え、そう?」

「何にでも神様が宿る、日本ならではだよね」

「…」

「何?勇利」

「…ヴィクトルの方が、日本の文化に詳しくなっていくなって」

「勇利の国だからね」

パチリ、とウィンクされ、僕の心臓は一瞬にして爆発した。

「…っ、のびちゃうから!」

顔を真っ赤にして心臓の辺りを押さえながらそう言うと、ヴィクトルはそろそろ慣れてよ、と笑った。

「食べよ!」

「はーい。イッタダキマース!」

箸を器用に使いながら、ヴィクトルは蕎麦を口に運ぶ。

「ね、ヴィクトル」

「何?」

「…ううん。味濃くない?」

「フクースナだよ」

「良かった」

僕も蕎麦を口に運ぶ。

ひょっとして、僕のことを考えての事だろうか。

先日突然、ヴィクトルは正月は長谷津で過ごしたいと言い出した。

なんとか宥めて、正月料理を作ることで妥協してもらったんだけど…

お節を作るのは流石に無理だったから、年越し蕎麦とお雑煮を作る事にした。

(年越し蕎麦とか、いつぶりだろう…。大学時代は、年越しパーティーとかに行かされてたからなあ)

「勇利」

「何?」

「後でマーマたちに電話しようね」

「!」

ヴィクトルは美味しそうな顔でお蕎麦を食べ続けている。

「勇利、どうした」

ヴィクトルの手が、ぼくの頬に触れた。

「え?」

「変な顔してる」

「そ、う?」

「…長谷津に帰りたい?」

ヴィクトルが心配そうな顔をし始めたので、僕は慌てた。

「違うよ、ヴィクトル。…嬉しかったんだ」

そう、嬉しかった。

長谷津に行きたいと言ってくれた時も、今、蕎麦を喜んでくれた時も。

「僕や、家族の事を気にかけてくれてありがとう」

「当然の事だよ」

「ね、ヴィクトル」

「ん?」

今まで、聞きたかったけど聞けなかったことがある。

今なら、聞いても良いだろうか。

「あなたの家族の事を、聞いてもいい?」

「そうだな…、何から話そうか」

窓の外では、静かに静かに雪が降る。

テレビには、赤の広場でのカウントダウンの様子が写し出されていた。


end


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