Story

□Barcelona night
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「ヴィクトル、怒ってないの?」

「怒る?」

エレベータに乗り、二人きりになると勇利はそう話しかけてきた。

先程まで皆で夕食をとっていた。

明日はGPF。

早く休もうと部屋に戻る途中なのだが。

「その、僕、覚えていなくて」

エレベーターの音が鳴り、扉が開く。

俺達はそのまま、エレベーターを降りて部屋に向かう。

先程の夕食の時、判明した事実。

前回のGPFのバンケットで、勇利は俺に「コーチになって!」と誘ってきた。

それなのに、その事を覚えていないという。

「ああ、それか」

「…」

見ると、勇利は大分恐縮してしまっているようだ。

「怒って無いよ」

「…」

そう言っても信じてもらえないらしい。

俺は笑って、彼の頭を撫でた。

部屋のドアを開け、中に入る。

コートを脱いで、ハンガーにかける。

勇利はずっと、黙ったままだ。

「驚いたけどね」

「あ、」

「むしろ、納得したというか」

「納得?」

必死に話を聞こうとするその姿が、なんだか可愛らしい。

俺は勇利に手を差し伸べる。

勇利は慌ててコートを脱いで、俺に渡してきた。

俺はそれを、ハンガーにかける。

こういうことをさせてくれるようになるまで、結構時間がかかったんだけど…。

勇利はあまり意識していないようだ。

「初めて長谷津に来た時の勇利…。凄く他人行儀で」

「…そう、だった?」

「うん。逃げられるし」

「あ、そ、れは」

「それでも練習は真面目にするから…。バンケットの時は、勇気を振り絞っての告白だったのかな、とか思ってた」

「…ごめん」

「いいよ。本当に勇利は、俺を驚かせる天才だね」

俺がバスルームに行こうとすると、勇利が先に入る。

どうやら湯船に湯を張るようだ。

代わりに俺は、コーヒーの準備をした。

街の明かりが、キラキラと視界に入ってくる。

コーヒーを持って窓辺に近づいた。

(ブラインドか…)

紐に手をかけた時に、勇利に声を掛けられた。

「ヴィクトル、あの」

「うん?」

「もうすこし、そのままで」

「窓?」

「うん」

勇利は俺の方に近づいてきた。

俺は持っていたコーヒーの一つを渡す。

「クリスマスのイルミネーション、好きなんだ」

「ああ、分かる。街中が祝福ムードになって綺麗だよね」

「それも、あるけど」

「?」

「ヴィクトルの誕生日が近づいてくる、って感じがして」

「…!」

「なんかさ、街中がヴィクトルの誕生日をお祝いしてるみたいで、いいな、って…」

ことり、とコップを置くと。

「…!ヴィクトル」

俺は勇利を抱きしめていた。

「…随分と、ロマンチックな事を言うんだね」

「柄じゃ無いよね…」

「違う。嬉しいんだよ」

「そう?」

勇利の手が、俺の背にそっと回る。

お互いの温もりが、心地よい。

「ああ、明日試合じゃなかったらなぁ」

「ええ…?」

勇利が笑うと、振動が俺に伝わってくる。

それだけで、心に温かい物が溢れてくる。

ずっとずっと、抱きしめていたくなる。

「あ、そろそろお風呂溜まったかも」

そんな俺の気持ちに気づきもせずに、勇利はそんな事を言う。

まあ、それが勇利なんだけど。

「…勇利、一緒に入る?」

「駄目だよ。明日試合だから」

「むう」

ふてくされた俺に、勇利はまた笑った。

「先に入る?」

「良いよ。勇利温まってきて」

「うん」

勇利は俺から体を離すと。

「…!」

ちゅ。

とキスを一つして、バスルームへ向かっていった。

俺は思わず口元を押さえた。

こんな。

こんな、キスを。

俺はベッドに倒れこむように寝転ぶと、大きく息を吐いた。

「ホント、出会った頃と違いすぎだろ…」

いや、あのバンケットの時そのままか?

ああもう、今日俺は眠れるのだろうか。

そう思いながら、俺は手のひらを目の前に掲げ、貰ったばかりの指輪を見る。

俺はまた大きく大きくため息をつくのだった。



end


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