Story
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「またね!」
「リンクで!」
そう言って、玄関先で皆と別れた。
「結構散らからなかったね」
「皆パーティ慣れしてるからね」
僕とヴィクトルは、皆を見送った後の部屋を眺めていた。
「部屋の飾りは、今度の休みにでもとろうか」
「うん。あ、お茶入れるね」
「ありがとう」
ヴィクトルはソファに戻ると、テーブルにあるお菓子やら何やらをまとめ始めた。
僕はキッチンに向かい、紅茶の準備をする。
今日は、僕の誕生会だった。
グランプリシーズン真っ只中だけれど、ちょうどチムピオーンの皆はロシアに残っていたので呼ぶことにしたのだ。
「おまたせ」
片付いたソファの横で、マッカチンが眠っている。
ヴィクトルはそっと、そのふわふわの頭を撫でていた。
「マッカチンも、疲れたかな」
「大分はしゃいだからね」
テーブルにトレイを置くと、僕はソファに座る。
カップを準備し、紅茶を注ぐと柔らかい香りが辺りに広がった。
ヴィクトルも僕の隣に来て座った。
「ふう。落ち着くね。ありがとう」
「どういたしまして」
「もうすっかり、勇利もここの住人だね」
「…!」
そう言われて、嬉しいような、照れくさいような感じがした。
ヴィクトルの家で、自分の誕生会をする事になるなんて。
「一年前は、考えもしなかったなぁ」
「そうだね」
「…ね、勇利。初めて俺が長谷津に行った時の事、覚えてる?」
「もちろん」
「俺、結構寂しかったんだけど」
「ええ?」
「あんなに情熱的に『コーチに!』って誘ってくれたのに、いざ行ってみたら逃げるし」
「そ、れは」
「覚えてなかったのは分かるけど…。俺のファンなんだよね?普通、写真、とか握手、とか」
「いきなりでパニックだったんだよ」
「でも、しばらくそんな感じだったよね」
「う…」
「体重落とすまで一緒にリンクには居れないし。俺、結構暇だった」
「…ごめん」
「まあ、そのお陰でふらふらしてたから…。長谷津の人たちと仲良くなれたんだけど」
「…」
「正直、ロシアに帰ろうかと思ったりもした」
「ああ…やっぱり」
「でも、そのあと勇利の本気が見られたから、留まろうと思ったんだよ」
「本気?」
「ユリオとの対決」
「!」
「ブチカマシマス!」
「あはは。そっか…。もし、ユリオが来なかったら」
「俺、ロシアに帰ってたかも」
「…!」
「ほんと、手のかかる子豚ちゃんだよ」
「そうなってたら、って思うと…。凄く怖いね」
「チャンスの神様は前髪しかない」
「え?それ話題にして良い話?」
「こら」
「はは!ごめんごめん。でも、その話聞いた事がある」
「そう。チャンスは来たときに掴んでおかないと、後から掴もうとしても掴めないって話」
「…」
「勇利の神様は甘いよね。俺の次にユリオも用意してくれてたんだから」
「そ、かな」
「それだけ、神様に愛されてるってことさ」
「神様に愛されているのはヴィクトルでしょ?」
「俺はもちろんそうだよ。でも、勇利もだよ」
「…」
「…この世に生まれた全ての人は、神様に愛されてるんだ」
「…!、神様に…」
「うん」
「…。それは、本当なのかもしれない」
「うん?」
「僕の神様は、ヴィクトル、あなただよ」
「!」
「僕は、神様に愛されてる?」
「…もちろん。愛してるよ」
そっと優しく、柔らかい唇が触れた。
「生まれてきてくれて、ありがとう、勇利」
end