Story

□誘う事に惑う話
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勝生勇利は悩んでいた。

「んー」

度々唸り声を上げるため、その都度マッカチンが心配して勇利の側にくる。

ついにはもう、ソファに寝転がった勇利の腹の上に落ち着いてしまった。

勇利は長いソファを贅沢に使い、ごろりと体を横たえている。

そうして時折マッカチンのふかふかの頭を撫でながら、また勇利は唸っていた。

「んー」

夕食を終え、風呂を終え。

本来なら就寝までのゆったりした時間を過ごしているのだが、今の勇利はそんな気分になれなかった。

明日は練習が無い。

ヴィクトルも同じなのだが、彼単独の仕事も入っていなかった。

つまり、二人ともお休み。

ゆっくりしよう、という事で、午後に買い物の予定を入れるくらいで話は済んでいた。

「んー」

ただ、いつもと違う事があった。

こういう時、決まってヴィクトルは勇利に夜のお誘いをしてきていた。

言葉である時もあるし、いつの間にかそうなっていた時もある。

今思うと、ヴィクトルは自然に体と心の距離を縮めてきて、そういう雰囲気に持ってきていたような気がする。

だが、今回は。

まるでそんな雰囲気が無い。

(疲れてる、のかな)

好きだとか愛してるとか。

言葉で良く伝えてくる彼だが、それは今日も変わりが無かった。

(僕とのセッ…自体に飽きた、とか)

その可能性はある、かもしれない。

勇利はそういう行為の時、ヴィクトルにされるがままになってしまう。

経験値が違うのだから、仕方が無い事なのだが。

(ど、しよう…)

ざわざわとする感情を、勇利はもてあましていた。

そして、それもそうであればもちろん問題なのだが、勇利の悩みはまた他の所にあった。

「んー…」

勇利にだって性欲はある。

ヴィクトルとの経験をする前は、自慰で済ませて満足できていたものが、今は…

(したい、とか、思うなんて…)

自分も変わったな、と思いながら勇利は自分に呆れてため息をついた。

ヴィクトルに触れている。触れられている。

その心地よさを知ってしまったら、後戻りなんて出来るわけが無い。

(僕、から誘うしか、ない、よね…)

ヴィクトルは今、風呂に入っている。

「んー」

どうやって誘おう。

勇利はまた、頭を抱えた。

(ヴィクトルが、しているように…)

愛してる、と耳元で囁いて、今夜は素敵な勇利を見せて欲しいな、と囁く。驚いてヴィクトルの顔を見ると、ウィンクして笑ってみせる。

「…」

隣に座り、太ももをそっと撫でる。目が合うと、柔らかく笑ってキスを。腰に手を回し、抱き寄せて…

「…」

強引に腕を引いて、ベッドに連れて行かれる。激しいキスから始まって…

「無理無理無理無理!」

勇利の声に、マッカチンが顔を上げた。

勇利は慌てて、ごめん、と謝ると、マッカチンの頭を撫でる。

マッカチンはまた、勇利の腹の上に頭を乗せた。

(どれも、僕じゃ様にならない…)

まるであの、SPの時のようだ。

『ヴィクトルで見たかった』

そんな感じになってしまう。

「んー」

「あれ、勇利」

かちゃり、と部屋のドアが開いた。

「まだベッドに行ってなかったの?」

バスローブ姿のヴィクトルが、そこに居た。

マッカチンは勇利の腹から降りて、ヴィクトルの側に行く。

ヴィクトルはマッカチンの頭を優しく撫でた。

「あ、うん。ってヴィクトル、髪濡れてるよ」

「うん、のど渇いちゃって」

ヴィクトルはタオルで頭を軽く拭きながら、キッチンへと向かう。

マッカチンも後からついていった。

(男の僕でも妊娠しそうなエロス…)

ただ立っているだけ、それだけでも様になるヴィクトルだ。

(僕が、真似したって意味無いよね)

勇利は意を決して体を起こした。





「勇利?」

ヴィクトルは勇利に後ろから抱きつかれて、驚いた声を上げた。

「…」

勇利は黙って、そうしている。

「…どうした。甘えたくなった?」

コップを置くと、ヴィクトルは腰に回された勇利の腕をゆるりと外し、体を反転させて向かい合わせになった。

「…!」

勇利の手のひらが、ヴィクトルの頬に触れた。

それはするりと、まるで何かを確かめるような手つきでヴィクトルの首筋を辿り、鎖骨にたどり着く。

指で鎖骨をなぞられ、ヴィクトルは体を揺らした。

「っ!」

ヴィクトルは勇利に腰を引き寄せられた。

そっと勇利を見下ろすと、勇利の目は真っ直ぐにヴィクトルを捉えてきた。

勇利の気配が変わる。

ふわりと気配を蕩かせて、少し首をかしげる。

瞳をゆっくりと閉じながら、薄らと唇を開けて勇利はヴィクトルへと顔を寄せた。

恋人のこういった仕種に疎いヴィクトルではない。

そのまま、勇利のキスを受け入れた。

「んっ、…ふ」

「ぁ」

僅かに声を漏らしながら、キスは次第に深くなってゆく。

ヴィクトルは少し後ずさりして、キッチンカウンターに寄りかかった。

勇利の顎の辺りまでが唾液で濡れると、ようやく勇利はヴィクトルから唇を離した。

ヴィクトルは勇利の頬に手を寄せる。

反対の頬にキスを落とし、耳たぶ、首筋へとキスを続ける。

勇利の匂いと、温かい体温がヴィクトルを更に高揚させた。

こういう行為は、ダンスと似ている。

相手の気配を感じ、動く。

それでお互いが気持ちよくなるかといえば、本来はそうでもない。

キスして欲しい場所が違ったり、撫でて欲しい所が違ったり。

他人同士なのだから当たり前の事で、恋人として付き合っていくなかで馴染んでゆく場合もある。

ただ、ヴィクトルと勇利には確信があった。

自分がしたいように動くだけで、相手が喜びの声を漏らす。

特に事、こういうことに関しては。

「ヴィクトル」

ようやっと、ヴィクトルは勇利が自分の名を呼ぶ声を聞いた。

「ベッド、行こう…」

「…!」

さっきまでの成熟した気配はどこへやら。

顔を真っ赤にしてそう言う勇利を、ヴィクトルは思いっきり抱きしめた。




「んっ、あっ!あ!」

「は…っ、ゆ、り」

「ああっ!ちょ、まって!」

バシバシ、と強めに肩を叩かれてヴィクトルは体を起こした。

汗で顔に張り付いた髪の毛をかき上げる。

お互いの荒い息遣いが、部屋に響く。

ベッドの上、向かい合わせで繋がったまま。

白いシーツに横たわる愛しい人の痴態。

この体勢で待てを言われる男の辛さは勇利も知っているのではないか。

そう思いながら、ヴィクトルは努めて冷静に、大きく息を吐いてから言葉を発した。

「勇利、何か…、どこか痛かった?」

勇利は荒く息を吐きながら、首を横に振った。

「ちょっと、その、激しい、というか…」

腕で顔を隠しながらそんな事をいう。

自身の辛さが吹き飛ぶ位、その言動は愛おしい、と言ってしまうと勇利は怒るだろうか。

ヴィクトルはそっとその腕を取り払うと、勇利の額にキスを一つ落とした。

「ごめん、舞い上がってたかも」

「?」

「勇利から誘われて…」

「…!」

ふにゃりと笑うと、ヴィクトルは勇利の頬にキスをする。

「…ヴィクトル」

勇利はヴィクトルに向かって両手を広げた。

ヴィクトルはそのまま、勇利を抱きしめる。

勇利の手が、ヴィクトルの湿った背中に回った。

「その、僕の方こそ、ごめん」

「…?何故謝る」

「いっつも、誘ってもらってばかりで…」

ヴィクトルは勇利の頬や首にキスを繰り返しながら、話を続けた。

「そう、だった?」

「うん」

「…ヴィクトル」

「ん?」

「今日、したくなかった?」

「え?」

「そうだったら、ごめん」

「あのね、勇利」

ヴィクトルは勇利から体を起こした。

ゆっくりと勇利を穿っていたものを途中まで引き抜いて、勢い良くそれで勇利を突き上げた。

「んぁっ!」

ヴィクトルは続けて勇利に腰を打ちつけ始めた。

「俺が、今、こうなってるのに、そういうこと、言う…?」

「あっ、あ、は、うぁっ」

「分かってないな、勇利は…っ、でも」

「んっ、…?」

「今は…」

「んっあ!あっ、あ!んんぁっ!」

突き上げていた腰を止め、ヴィクトルは勇利の頬を撫でた。

「誘ってくれるほど、したかったんだろう…?」

「…っ!」

「満足、するまでしてあげる」

「んっ、あ、あああっ!!」

ヴィクトルは勇利の片足を肩にかけると、また腰の動きを早めていった。







「え?俺そんなに誘ってた?」

「え?うん…」

事後のベッドの上。うとうととしながらのピロートーク。

休日前、いつもヴィクトルが誘っていた。

そう言うと、ヴィクトルは驚いたようにしてそう言った。

ということは、無意識に誘っていたのだろうか。

「…楽しみだったからなぁ。つい口に出しちゃってたのかも」

「今日は、そうじゃなかった?」

そう問われて、ヴィクトルは体を横向きにした。

勇利もつられたように、同じ姿勢になる。

お互いに向き合った。

「いや…。この数日、勇利の新しいプロを考えていて」

「うん?」

「良いアイデアが思い浮かぶもんだから、そればっかり考えてたかな」

ヴィクトルは、勇利の髪をかきあげながらそんな事を言った。

勇利の額が見える。

試合の時の、凛々しい勇利を思い浮かべ、ヴィクトルの顔は綻んだ。

「正直、明日が休みだって忘れてた」

「ええ?って、それで…したの?」

「うん?」

「いつもは負担になるからって、次の日練習がある時はしないって」

「…勇利がいいなら、いいかなぁって」

「ええ…」

「俺は負担が無いからね」

「そ、かもだけど」

それに大分この行為に慣れてきたのか、翌朝勇利が起きられない、という事も無くなっていたから。

流石にそれは口に出さずに、ヴィクトルは笑うと、そっと勇利に口づけをする。

ゆっくりと、優しく、まるで何かに誓いを立てるかのように。

「…勇利が誘うなら、俺は抗えないよ」

「そ、なの?」

驚いた顔で勇利は問う。

「そうだよ」

わかってないなぁ、とヴィクトルは言うと、勇利をその腕の中に抱きしめた。

お互いに温もりが伝わってゆく。

それだけの事が、こんなにも心を満たしていくなんて。

「…おやすみ、勇利」

「…おやすみ、ヴィクトル」

二人は大きく息を吐いて、体の力を抜いていった。

柔らかい布団に体が沈む。

どうかこのまま、恋しい人に良い夢を。

お互いにそう、思いながら。



end


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