連載のブック

□足りない計算
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「こんにちわ、君たちは初めてだね?」
「こ、こんにちわ!」
「どうも…」
「うん、君は彼のように少し楽になったほうがいい。緊張していては本来の力は発揮できないからね。はい、深呼吸深呼吸」

中でフレンドリーにせっしてきた男が社長だろうか。杏は受からなくてもいいオーディションに緊張して、暁は杏が緊張しているせいか逆に冷静になっているようだった。

「私はこの会社の社長の堀野孝明だ。少しの間だが、よろしく頼むよ」
「来栖暁です」
「高巻杏です!よろしくお願いします!」
「うん、それじゃ早速で悪いがオーディションをはじめていいかな。時間が少なくて申し訳ないね」

促されて椅子のある場所へと向かい座る。二人に向かい合うように相手は座った。中はテレビでよく見るレコーディング風景で横に機材、さらにガラスの向こうにマイクがいくつかおいてあるのが見える。

「デュエットで候補かな?」
「はい」
「うんうん、今時珍しいからね。良いと思うよ。楽器はひけたりするかい?」
「そっちは全然…」
「はっはっは!正直でよろしい!最近は見栄を張ってくる人が増えてきたから逆に好感がもてるよ」

オーディション、というわりには面接に近いものを感じた。いろいろな質問を二人が交互に答えていく。

「二人は高音低音どこまで出せるかな?」

この質問には二人とも顔を見合わせて答えに困った。

「そうだろうね。この質問に答えてくるのは音楽の専門か独学である程度学んだ人たちぐらいなものだ」

彼は話しながら中のブースに入って二人を手招く。彼は電子ピアノの前に立って二人を見た。

「今から私がピアノで音を出すからその音程に会った声を出してほしい。まずは高巻さんから」
「はい!」

ポンとピアノの音が鳴る。

「あー」
「ふむ…どんどん音を出すから続けて声をだしてくれ」

ピアノの音が鳴り、杏が声を出す。それをしばらく繰り返し、時折低音や高音をまぜていった。

「よし、ありがとう、次は来栖くん」
「はい」

暁の時も同じように繰り返していく。それから納得したような顔をして彼は終わりを告げた。

「最後に、君たちの夢はなんだい?」
「夢…えぇと…ゆ、有名になることですかね?」
「なるほど、単純でいい目標だ。それでは今回のオーディションは終わりだ。通知はそうだな…君たちのメールアドレスを教えてくれないか。合否を伝えたいからね」
「はい」

そこで携帯を取り出し、アドレスを交換する。オーディションが終わったところで暁が質問をした。

「オーディションなのに一組ずつ行うんですね」
「ん?あぁ、一斉にやったほうが時間短縮になるんだろうが、それでは同じ質問しかできないし彼らの良いところを見逃してしまう。時間はかかるがこちらのほうがいいんだ」
「なるほど…」
「堀野社長が直々に行うのは、なぜですか?」
「ほかのスタッフに任せるより自分で導いてあげたいんだ。信用していないわけじゃないが自分の目で確かめたいんだよ」
「へぇ…」
「社長さん自身、ここをどんな風に思ってるんですか?」
「そうだなぁ…子供を育てて世に送り出すような場所かな…」

そして二人は部屋を出た。そして待っていた二人と一匹に中での状況と彼の態度などを伝えた。

「ふむ、面接か…」
「子供を育てる…家族とか学校みたいなもんか?」
「入力してみるか」

全員は一回外にでて「育成」に関係する場所の候補をどんどん入力していく。

「学校、家族、塾…どれも違う…」
「なんでこんなに最後がでてこねーんだよ!」
「…もう一度、名無しのさんに会ってみよう。確かこの時間に」
「…またいらっしゃるんですね」

靴を鳴らして声をかけてきたのは名無しのだった。

「オーディションを受けてみたんだ。どういう風に審査されてるのか気になって名無しのさんならわかるかなって」
「私は審査に参加しません。どの基準で選ばれるのかもわかりません」
「そうか…」
「オーディションって言うより、面接って感じだったけどね」

杏が言葉にすると名無しのは少し顔をしかめた。一瞬だったので見間違いだと勘違いする程度のものだった。

「…気になったんだが」
「なんですか?」
「他のアーティストは来ないのか?」

祐介が質問をする。すると名無しのは祐介に向き直り。まっすぐに見つめた。

「時間が決まっています」
「レコーディングのか?」
「えぇ、この時間は私が、他の時間には別のアーティストがレコーディングしています」
「なるほど、俺たちが会えない時間帯にいるわけか」
「私もさすがに他の方のスケジュールはわかりません、なので私に他の方に会う方法を聞いても無意味ですよ」

相変わらず無表情で淡々と質問に答える名無しのはほかを見渡す。

「もう、質問はありませんか?」
「…そうだな」
「それじゃぁ私はここで」

そうしてメンバーから視線をビルに向けた。しかし暁が最後にひとつと声をかける。


 


     
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