連載のブック

□小さい噂
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「えっ!コズミックってあのコズミック!?」
「どこだよ?」
「今すごく人気のアーティスト達を抱えてるとこ!売れてない人たちはいないって噂があるくらい配属してる人たちは有名人なの」

少し興奮気味で説明したのは、恐らく杏の好きなアーティストがそこにいるからだろう。次々とでてくるアーティスト名に竜司はおろか、祐介まで知る者もいたのだ。

「かなり大手なんだな」
「そう、ですね…皆有名人ですから忙しいのは当たり前だし、でも、変な話も聞いたことありません…」
「でも、名無しのさんからは脅されてると聞かされたんだな?」

暁の言葉に彼女はスカートを握る。

「内容は詳しく教えてくれませんが、それでも、デビューしてから、どんどん辛そうな顔をして、無理に笑っているような…でも、私には励ますしか…」
「そうか」
「お願いします…名無しさんを助けてください…お金はなんとかします。一生かけて払います。だから、お願い…断らないで…」

震える彼女を杏がハンカチを渡しながら背中をさする。ほかはお互いの顔を見合って小さく頷いた。









「ここが会社か?」
「大きくもなく小さくもなくって感じだね」
「ワガハイもうからおけには行きたくない…」
「ごめんな」

後日、全員で名無しのが務める会社へと足をむけた。見た目はビルだが想像していたより簡素なものだった。しかし会社のロゴが入った看板があるのを見る限りここで間違いないのだろう。

「ここに本当にパレスがあるのだろうか…」
「確認してみよう」

暁が携帯を取り出し音声で場所と名前を入力する。

『候補が見つかりました』
「…」
「てことは、あの子の言ってたことは嘘じゃないってわけね…」
「問題はそいつがここをどう思ってるかということだな」
「あぁ、城、美術館、今回は音楽っつーんだからやっぱレコーディングとかじゃねーの?」
『該当しません』
「…ライブ会場?」
『該当しません』
「テレビ局」
『該当しません』

次々と単語をだしていくがどれも当てはまらないようだ。ネタがつきたメンバーは考え込んでしまった。

「何かヒントになる言葉ないかな…」
「社員から話は聞けないだろうか」
「ていうか中に入っていいの?」

するとビルの扉が開き、人がいっせいに出てきた。

「なんだこりゃ」
「皆、一般人?」
「しかしこの多さはなんだ?催し物でもあったのか?」
「でも、会社でライブなんてやる?」
「あの」

人混みに流されないようにやや離れた集団に一つ声がかけられた。

「オーディション、もう終わりましたよ」
「オーディション?」
「あっ!あなた確か…」

声の主を見つけた杏が声を出す。
そこに立っていたのは依頼者の写真にいた名無しの名無しさん本人だった。写真でみるより綺麗な顔立ちをしており、スタイルもそこそこ良いように見える。男子はおろか、女子の杏ですら言葉を失った。しかし、写真で見たあの笑顔はどこにもなく、無表情だ。

「…私に何か用ですか?」
「いや、君に用があったんじゃない。ここに有名な会社があると聞いて来ただけだが…」

彼女の美しさに惚れて一度は断られた祐介がすぐに返事をした。

「…貴方、そんなことに興味があったんですね」
「いや、俺じゃなく…それより先ほどオーディションと言ったな?」
「えぇ、ここじゃ毎日オーディションをしています」
「毎日?」

次に復活した杏が彼女に質問をする。それに頷いて話を続ける。

「常に夢を見る若手を探して手助けをする。それがこの会社のモットーらしいので」
「の、わりには変な噂があるっぽいけど?」
「竜司!」
「変な噂…?」

彼女はきょとんとした顔で竜司を見た。

「君は、会社について詳しいのか?」

口を滑らせた竜司に変わって暁が話を逸らす。そして彼女に質問をした。

「……そう、ですね、私ここに所属してますから…」
「本当か?」
「バレる嘘だと思いますか?」
「…いいや、なら少し聞いていいか?」
「何でしょうか」
「ここにいる子が脅されてるって話を噂で聞いたんだ、なにか知っているか?」

彼女は一瞬目をそらしてすぐに返事をする。

「いいえ、ここの人たちは皆普通に仕事をしています」
「…そうか」
「名無しのさんはどうなんだ?」
「私も、特になんの問題もありません」
「そう、なんだ…」
「ごめんなさい、これからレコーディングだからもう行きます。それではまた」

彼女はおじぎをしてビルの入り口へと入っていった。残されたメンバーはその場から少し離れて会議を始める。

「どう思うよ」
「どうもこうもナビが反応してるんだから彼女が嘘ついてるに決まってるでしょ」
「祐介の件もあるしな」
「…あれは、すまない」
「落ち込むなよ…」

前例がある以上、ここで引くわけにはいかない。ネットで情報を探し、チャットで再び報告し合うことを決めて今日は解散となった。

一人がそれを見つめていることに気づくのはだれ一人としていなかった。


      
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