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□幸福な後日
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「名無しさん」
「何?」
「あの後、なんともないか?」

あの後、とはきっと結婚の話のことかな。

「うん…結婚の話は破棄されて、その…相手の人、すごい泣いて謝ってきて…」
「そうか」
「親もそのことで謝ってきて、前より…なんていうかこう…ちょっと気持ち悪い」
「ふっ」

暁が私の言葉で笑った。おかしい状況にはなったがおかしいことは言っていないはず。でも暁は安心した顔で話を最後まで聞いていた。

「とりあえず、もう結婚はしなくてすむの」
「よかった」
「………ありがと」
「どういたしまして」

後輩のくせにかっこいいなぁ。腹が立つ。

「えい」
「いてっ」
「ムカつくからつまんだ」
「なんで…」

肉がないから柔らかくはなかったけどもちもちしててますます腹が立つ。

「ちょと…」
「何よ男のくせにもち肌なんて、肉かないのにもちもちしてるってどういうことよ」
「おへにいわれへも…」
「うるさい」

自分でもかなり理不尽な怒り方していると自負している。でも本当にもちもちしているから触ってて飽きない。そうしたら暁も私の頬を触ってきた。

「名無しさんのほっぺやわらかい」
「化粧くずれる」
「してるの?」
「…結婚したら、専業主婦って言われてて、それで仕方なく練習してたらクセになったの」

彼の顔がむすっと不機嫌になった。この手の話しになると暁はあからさまに嫌な顔をする。それから必ずこう言う。

「それ、やめよう?」
「化粧をするのも駄目なの?」
「そうじゃなくて」

前の相手が強要してきたことをすべてなくそうとしてるのか、それともただのやきもちなのか。とにかく納得いかないようで必ず「止めよう」と言うのだ。

「なんていうか、名無しさんにその化粧は合わない気がする」
「そう?」
「おーい!」

暁の友達の、確か、坂本くんと高巻さんが近寄ってきた。見た目が派手な二人だけど話せばとても良い子たちだ。

「杏、名無しさんの化粧どう思う?」
「え?化粧?」

突然言われたが慣れているのかすぐに私の顔を見た。美人さんに見つめられるとはずかしい。

「うーん…ちょっと合ってないかも」
「だよな」
「そうか?」
「竜司はわかんないでしょ」

彼の場合女性の変化に気づかないタイプだろう。そして怒られるやつだ。

「せっかくだから化粧品買いにいきませんか?」
「えっ」
「素材がいいのに化粧が合わないなんてもったいないじゃないですか!」
「そう、かな…」

高巻さんは女の子だなって思う。私なんか、こんなことになるなんて思わなかったし、半ば無理やり女性特有の身だしなみをしていたからその喜びや嬉しさはまだよくわからない。

「それじゃ行きましょう!今日!今すぐ!
「い、いま!?」
「よーし!真と春も誘って名無しさんさんを綺麗にしてやるわよー!」
「ちょっと!?暁!とめてとめて!」
「行ってらっしゃい」
「薄情者ー!」

結局男二人も荷物持ちとして連行されてきた。
そこで他校の喜多川くんも見つけて道連れにし、ここまできたらと眼鏡の小さな女の子も呼ばれて勢ぞろいしてしまった。

「この色がいいかしら」
「それなら口紅は明るめでいいね」
「こ、これが女子会か…!?」
「ちょっと違う気もするけどまぁにたようなもんでしょ!」

化粧品棚でわいわいと選ぶ姿はまさに女子だけど私の化粧道具を選んでいると思うとなかなかうまく混ざれない。
男子組は当たり前のように近くのベンチでのんびり退屈そうに待っている。

「名無しさんちゃんはどの色が好き?」
「えっ…特にこれっていうのはないかな…」
「じゃぁこの合わせ方でいいかな?」
「ならチークは…」

話がどんどん進んでいってついていけない。物が決まったのかいくつかの商品をかごにいれてレジに向かう

「よし、化粧室に行くよ!」
「このまま!?」
「善は急げだ!」

買い物が終わるとすぐに別の場所に移動して連れ込まれた。男子たちはもう黙って見送ることもしない。




あれよあれよ言う間に化粧が終わり、待たせていた男子たちの前に出された。

「うわっ…女ってやっぱ化けるもんなんだな…」
「先ほどより美しくなったな。自然でいい顔色だ」
「……」
「…暁?」

それぞれ感想を述べてくれたが暁だけは無言でこちらを見つめたままだった。何か言ってほしい。苦言でもいいから。

「…ちょっと暁、何か言ってあげてよ」
「えっ……」

珍しく暁がどもり、名無しさんの前に一歩踏み出す。

「その…綺麗…」

少し照れながら言う暁に名無しさんは体の中心から熱くなり、顔を赤くさせた。

「あー…胃もたれしそう…ていうか涙でてきた」
「キャー!恥ずかしいー!!」
「よかったね名無しさんちゃん!」

それぞれ反応して二人のことを自分のことのように喜んだ。暁は竜司にどつかれ、名無しさんは春に頭を撫でられもみくちゃにされた。

「じゃ、私たちは退散しましょうか」
「え」
「そうだな、二人で楽しんでくれ」
「え」
「モナも行こう!今日はあいつらをほっとく日だぞ!」

にぎやかだった彼らは急に二人から離れて本当に離れてしまった。残された二人はその打ち合わせでもしたような動きに唖然としていた。

「……名無しさん」
「はいっ」
「本当に綺麗…でもその化粧あんまりしないで」
「えっやれって言ったの暁じゃない」
「うん…こんなに変わるなんて思ってなかった。ごめん」

照れ笑いしながら名無しさんを見つめる、その顔に見とれて顔が熱くなっていく。そのままそっと顔が近づき、気づけば口と口が触れていた。

「……」
「…他の人にその顔見せたくないし、俺が我慢できなくなりそう」
「…っっ!!?」
「今日はこのままデートしようか」
「……うん」

恥ずかしさがピークに達し、下を向く彼女の手をそっと握ってそこからゆっくりと歩き出した。名無しさんはそれについていくことしかできなかった。





幸福な後日





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