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□味と気持ち
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「暁、カレー作って」
「え」

下校中のことだった。
暁は片手にクレープ。名無しさんはいちご牛乳とクレープをもって座る場所を探していた。

「カレー作って」
「え、いつ?」
「今日」
「今日!?」

しかもかなり無茶ぶりの発言である。流石に驚いてクレープを潰しそうになったが慌てて口に入れた。

「…なんへ」
「ちょっと、食べたくなっただけ。無理ならいい」

無理、というわけではないが今から作ると夜になる。材料も買わねばならない。

「いいよ。夕飯それにして食べてく?」
「食べる」

クレープをもごもごと食べはじめた彼女は嬉しそうな、なんだか決意したような顔をしていた。暁も合わせてクレープを食べ始める。

いちご牛乳こぼれてるぞ。







コトコトと煮詰める音が店内で心地よく響いていた。閉店された内室には彼女と暁しかいない。待ってる間暇なので話をしようかと思ったが名無しさんは真剣な表情で紙に書いていた。覗きこむのはさすがに野暮なのでコーヒーのお代わりを作っている。

「…」
「…」

無言の空気がルブラン内特有の空気と混ざって少しだけ緊張を和らげる。

「…ん」
「おわった?」
「んー…」

ペンを止めた彼女に聞くが曖昧な返事しか返ってこない。暁も暁でカレーが完成したのでその返事を気にすることなく盛り付けにはいる。

「はい」
「…!」

できたてを目の前に置くと彼女の目は輝き、やや興奮気味なのか頬も赤い。ごきゅっとツバを飲み込む音が聞こえた。

「いただきます!」
「召し上がれ」

スプーンを握りカレーに差し込む。口にぱくりと入れもぐもぐと動かすと、だんだん顔がほころび、ゆるい笑顔になっていった。成功のようだ。

「美味しい?」
「悔しいくらいに」

その言葉通り、彼女は幸せな顔から歪んだ顔になった。

「なんで急に作ってくれなんて言ったんだ」
「…」
「…言わないならもう作らない」
「言う!!」

正直だ。

「…暁、カレー作るのすごくうまいじゃない?」
「一応お店の人に教えてもらったから」
「そうなんだけど…でも、その」
「?」
「暁より、美味しいカレーを、作くりたくて…」

彼女の顔が少しずつ赤くなっている。言葉もくぐもりもごもごとしていたが暁には聞こえていた。

「…どうして?」
「どうして、どうしてって…だって……」
「うん」

ぽぽぽと赤く染まっていくのを彼は嬉しそうに眺めて言葉を待った。

「あ、暁は勉強できるし、運動もそれなりにできるし、優しいし、器用だし…なんでも、できるから…」
「…」
「料理は、えっと…暁よりできるから、美味しいの作って…暁にお礼できたらとか、ちょっとでも暁のできないことをできたらいいなとか…」
「うん」
「でも、カレーはどうしても美味しいのできなくて、だから味とか調味料とか知りたくて…今日、作ってもらったの」

伝えることを伝えきったのか肩で大きく息をする。暁は彼女の顔をじっと見ていた。彼女にとってそれがとても恥ずかしいことであったし緊張する原因でもあった。

「名無しさん」
「何」
「俺は名無しさんが作ってくれたカレーのほうが好きだよ」
「…お世辞」
「本当のことだ」

確かにこのカレーは美味しい。だがそうではない。暁はそれを説明することをやめた。

「今度は名無しさんがカレー作ってよ」
「へっ」
「俺は作ったよ。今度は名無しさんのカレーが食べたい」
「でも、まだ美味しいの作れてないし…」
「じゃあその試行中のを味見しよう。なにかアドバイスできるかも」

それらしいことを言って彼女を納得させる。しぶしぶ頷いた彼女を撫でてやっとカレーを食べはじめた。少々冷えていた。




味と気持ち






      

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