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□知らない顔
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「はい」
「ありがとう」
のんびりと雑誌を読んでいたら暁がマグカップにコーヒーを入れて渡してくれた。
「…なんか、おいしくないね」
「インスタントだし」
「あーこんなことならコーヒー豆買っとくんだった!」
「豆買っても挽くものがないだろ」
「挽いたものを買ってくればいいでしょ?」
いつも暁が淹れてくれるコーヒーと全然違う味がして砂糖を多めに入れた。
「そんなに入れてどうするんだ」
「おいしくないからちょっとでも甘さでカバーしようと」
「今度は甘すぎて飲めなくなるぞ」
「甘い物は好きです」
ちょっとふてくされた言い方で返事をして忠告を無視。いつもより多めに入れてかきまぜる。
ついでにミルクも入れてやる。
暁は普段通りコーヒーを飲んでいる。とくに表情を変えることなく「こんなもんか」みたいな顔をしていた。
「うわ甘い」
「だから言ったのに」
想像以上に甘かった、やっちゃった。
「無理して飲むことないだろ」
「暁が淹れてくれたから飲む」
「…あ、そ」
そっけない返事が来たけど顔を見るまでもなくこれは照れているときの返事だから私は気にしなかった。
「今度はミルとか豆とか必要なもの買っておくね」
「別にそこまでしなくてもいいだろ」
「ヤダ」
ちびちびと甘いコーヒーを飲みながら暁がルブランで淹れてくれるコーヒーの味を思い出す。彼のコーヒーは、なんというか、彼らしい味がする。
方法も手順も同じなのにマスターが淹れてくれるものとは少し違うように感じるのは私だけなのだろうか。
「飲みたいなら店に来ればいいじゃないか」
「それもそれでいいけど!そうじゃないの」
「淹れる人が同じなら同じだろ?」
違うんだよ、自分の家で淹れてくれるというシチュエーションがいいんだよ。
「女心わかんないんだからなーもう」
「…面倒っていうのはわかる」
「ちょっと」
遠慮なしかよ。いや、自分でも面倒くさいって思うことあるけど。
「私だって男みたいに単純な性格のほうが羨ましいわ」
「おい」
睨まれたけどさっきのお返しだから反省しません。それをわかっているのか彼もそれ以上言うことはなく、またコーヒーを口にした。
惚れたせいか、フィルターというものは都合よく見せてくれるもので。
「…くっそかっこいいな」
「?なにが」
「うるさい」
コーヒーを飲む様はかっこよく見えてしまう。好きとかじゃなかったらこんな風には見えないのだろうか。
「…名無しさん」
「何?」
「もしかして見とれた?」
「は」
私を見つめる顔はいたずらっ子のような笑顔。そして確信をもっている笑顔。
「な、にを言ってるんですかね!?」
「当たりだ」
「当たってねーし!」
否定したらへらっと笑って頭に手を置いてきた。子供扱いかコラ。その姿すら良く見えるんだから私も相当ダメなほうなんだろうな。
でも、悔しいからこれもお返ししてやろう。
「名無しさんは俺のこと好きだもんな」
「…そうだよ大好きだよ」
「えっ」
「暁が大好きだし暁が淹れてくれたコーヒーも好きだし何してもかっこよく見えるし、何度言っても足りないくらいに大好きだよ」
「だ…だいすき……」
ふふん、言われ慣れてないせいで顔が赤いぞ暁よ。おうおうどんどん縮こまっていって可愛い奴よのう。と、どや顔していた油断がまずかった。
「…駄目だ、もう調子狂った」
「ん?」
急に暁の顔が目の前に、というか、触れて、え?
「んっ」
「ん…んん!?」
ちょっとまて!キスか!?これキスされてんの!?なんで!なんで!!?
「っ…は」
「ちょ、なにして…」
「そういうの、心臓によくないから」
「ど、どういうの…?」
「カップ貸して」
手にもっていたまだ中身のあるマグカップが半ば無理やり奪われる形で取り上げられた。それはそのままテーブルにおとなしく置かれる。
「ねぇ暁さん?」
「…」
「嘘でしょ?」
「本気」
ほんとだ目がマジだ。いやそれどころじゃない。待って、待ってって!!
「名無しさんが煽ってきたんだから責任とって時間頂戴」
「そんなつもりはっ」
「無自覚だから、余計に悪いんだ」
優しく後ろに倒された私の口の中に、暁が飲んでいたコーヒーの苦みが流れ込んできた。
知らない顔
元ネタ甘シチュCDより拝借