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□ノンバーバル
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ぱち ぱっ
ゆっくりと瞬きをする。
「?」
俺が首をかしげると名無しさんは首を横にふる。「なんでもない」ということらしい。でも、とても嬉しそうに笑っているからなんでもなくはないと思う。
彼女は耳が聞こえない。
だがそんなことを感じさせないくらいに生活している、偏見や可哀想という視線があっただろうに。それでも名無しさんは負けずに生きていた。だから、俺はそんな彼女に惚れたんだ。
「今日の予定は?」
「何もないよ、どうして?」
「ううん、デートしたかっただけ」
会話はスマホを使っての文字だ。彼女との会話だから面倒とか大変だとかそういうものは一切ない、むしろ楽しい。もちろん、文字以外にも伝える方法はたくさんある。
「どこに行くの?」
「カフェ、手話の勉強したい」
「いいよ」
一番早いのは手話だ。もちろん名無しさんが使えないわけがない。だから俺も手で同じように話せるようになりたかった。簡単な単語なら使えるけど会話をするはまだまだ遠い。
「じゃあ教室まで迎えに行くよ」
「いいのに」
「俺がやりたいだけ」
ぱち ぱっ
そう伝えたら、またゆっくり瞬きをした。それから「ありがとう」と返事をくれた。
この行動にきづいたのは怪盗をはじめて数カ月経った後のこと。いろんな人と関わり経験をして身についた観察眼だ。初めは挨拶かなにかだと思っていたけど、ふとした時にやっているし横目で見るとやっているときもある。気にしないようにしていたが彼女が嬉しそうに笑って誤魔化すから気になって仕方がない。
「帰ったら調べよう」
こういう時ひとりごとをつぶやいても聞かれる心配がないということが幸いしたりする。
授業中、チャットの受け答えをしているとふいに机の中にいるモルガナを見た。するとモルガナは「どうした?」と首をかしげた。
ぱち ぱっ
「あ」
彼女の瞬きに似てる。
その後モルガナは普通にぱちぱちと瞬きをする。
「モルガナ、今の何?」
「え?何って…何?」
どうやら無意識のようだ。名無しさんはモルガナを気に入っているけど話ができることも、まして俺が怪盗をしていることも知らない。
でもモルガナは似たような行動を起こした。これはどうしてだろうか。
「オイ!聞いてるのか!!」
やばい。
「!」
扉の横で待っていると名無しさんが顔を出して笑って返事をしてくれた。俺も笑って返す。笑えているだろうか。
かばんをもってトコトコと近づいた彼女の手を素早く取って早歩きでその場を離れる。
もちろん名無しさんは不思議そうな、不安そうな顔をして俺を見ているが今はそれどころじゃない。早く、早く。
学校を出て、人気がない校舎裏にまで連れてきた。あそこで気持ちの勢いで行動をおこさなかった自分に拍手をおくりながら彼女の手を離して向き合う。
そんな悲しそうな顔をしないで、今から伝えることはそういうことじゃないんだ。
「名無しさん…!」
「!?」
思い切り名無しさんに抱きついた。かばんの中のモルガナが驚いて鳴いた気がする。
「なにしてんだおま、え…あーそういうことかよ」
「ごめんモルガナ」
「いいぜワガハイは紳士だからな!夕飯は豪華にしろよ?」
「約束する」
察してくれた相棒はかばんからするりと抜け出してでかけてくれた。彼女はモルガナを見て名残惜しそうに見つめていた。
「名無しさん…ちゅ」
「!?、!」
思わずつぶやいてそっとくちづけをする、すぐに離して頭、おでこと上から順番にくちづけをする。最後にまた口にして離れた。真っ赤で泣きそう。
「!?!!?!」
「ふはっ…かわいい」
ぱち ぱっ
彼女がよくやる瞬きを俺もした。ゆっくり閉じてまた開く、何度も、何度も。すると少しぽかんとしていた名無しさんがまた顔を赤くして涙が溢れてきていた。
君からやったんじゃないか。
「調べた、いつも言ってくれてたんだね」
「っ!っっ!!」
「ありがとう、俺も同じ」
それよりももっとたくさん
「今日の勉強場所はカフェじゃなくて俺の部屋にしない?」
「!!?」
「いいだろ?名無しさんが今まで伝えてきた言葉のお返しがしたいんだ」
一気にいろんなことが起こり過ぎて彼女は文字がまともに打てないようだ。指が震えてる。
「あの、変なことしない?」
「変なことしてほしい?」
「しなくていい!!しなくていいから!」
これは了承ってことでいいんだよな。それなら早く帰ろう、ここで時間を無駄にするわけにはいかない。
また名無しさんの腕を取り足早に目的地へと歩き出す。今度は彼女も一緒についてきてくれる。
早く、はやく、君に好きって気持ちをたくさん贈らなきゃ。
ノンバーバル