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□視覚で愛する
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真夜中、名無しさんに電話がかかってきた。


「もしもし?」
「もしもし、名無しさん?」
「そうだよ珍しいね」

相手は今年遠くに行ってしまった暁からであった。名無しさんは少し頬を赤らめて姿勢を正して聞いていた。

「ごめんね、ちょっと聞きたいことがあってさ」
「ふぅん?本当に珍しいね。何か問題起きたの?」
「問題じゃなくて、その、なんていうのかな…」
「何か悩み事?私がどうにかできること?」

遠くに行く前の彼はこんなにまごまごと言葉を濁すような人ではなかったと記憶している。本当になにかあったのだろうかと心配になっていく。

「うん、と、心配ごとがあるんだ」
「心配事?」
「うん、それが膨らんで不安が大きくなって…どうしようかなって思って」
「心配事って言えること?」
「…ごめん」

名無しさんはそのことに少し落ち込んだが、それより暁をどうにかして元気にしてあげるほうを選んだ。

「なにか大切なことなんだよね、きっと」
「…うん」
「そうだなぁ、じゃぁおまじない教えてあげる」
「おまじない?」
「一枚紙に自分の何より大事でなにより大好きなものの名前を書いてポケットに入れておくの、簡単でしょ?」
「……それだけ?」
「それだけ」

ぽかんとした顔が思い浮かぶようで、彼女はくすくすと小さく笑った。

「不安になったり、怖くなったりしたらその紙を見て思い出すんだよ!この試験が終わったらこれが待ってるとか…」
「それっておまじないなのか?」
「気持ちの問題よ」
「ふふ、そっか」

やっと暁は笑った。名無しさんはそれがうれしくて一人でガッツポーズした。


「ありがとう、なんとかなりそうだ」
「本当に?」
「ほんと、じゃぁもう遅いから切るね」
「うん」
「名無しさん、本当にありがとう」

それからぷつりと電話は切れた。
最後の彼の言葉が今までに聞いたことがない声だったことに疑問が浮かび、もう一度電話をしようとしたが、確かにもう日付をまたいでいたため、かけることはしなかった。



それから数日たって、世間を騒がせていた怪盗団のリーダーが捕まったとのニュースを見た。
しかし名無しさんはそれより、チャットにも電話にも返事がこない暁のことが心配であった。
少なくとも、暁はチャットや電話に出ないときはなかった。遅れはあるもののちゃんと返事をしてくれるし電話もかけなおしてくれていた。

それなのに突然まるで糸が切れたようになくなってしまったのである。

「…どうして?」

スマホを更新しても、あのときのまま。
事故か事件に巻き込まれたのではないか、嫌な想像だけが脳内を駆けずり回り不安がし寄せてくる。

「きっと大切な用事で出られないんだよ、そうだよ…だって最後、あんなに…あんなに」

言い聞かせて言い聞かせて、もうこの言葉も意味がなくなってきた。最後の電話の言葉が、声が逆に不安にしていく。

『速報です、怪盗団のリーダーが自殺しました!』
「…え」

何故、今頃自殺なんてしたのだろう。あれだけ騒がせていたのに。彼女はそう思ってニュースを眺めた。

「死んじゃったの…?しんだ、の?」

もし、暁が






「あの!すみまっ、せん!この辺にルブランっていうお店知りませんか!?」

気づいたときには電車に乗り、暁が教えてくれた下宿先へと向かい、走っていた。
絶対にありえないと信じながらその気持ちがじわりじわりと蝕まれて信じられなくなっていく。

「そこの裏路地を入ったらすぐあるよ」
「ありがとうございます!!」

小さくかかれたルブランという文字を見つけて彼女は思い切りそのドアを開けた。

「あの!すみませんここに居候してる来栖暁っていうおとこ、の、こ……」

目の前に、暁が立っていた。知らない人たちに囲まれてそこにいた。

「…名無しさん?」
「え、何?知り合い?」
「ていうか誰?」

彼は確かにそこにいた。いたことが嬉しいはずなのに、素直に受け入れらずに名無しさんは涙を流した。

「えっ…どうして…いや、泣くな、えっと…!」
「えぇっと…」
「俺ら、邪魔な感じ?」
「そうかも…」

大勢の人たちがその場からそろそろと入口へと逃げていく。その時に暁に「泣かせた罪は重い」だの「仲直りしなよ」だの散々言われた暁。全員が出て行ったあと、とにかく二階へと名無しさんの手を引いて逃げるように駆け上がった。

「……あの」
「…」
「ご、めん…」

突然現れ、そして泣いてしまった名無しさんに暁は混乱してとにかく謝罪の言葉をくちにした。
静かに涙だけを流す彼女にその言葉が届いているのかはわからない。

「どこから話せばいいかな…」
「…」
「その、電話とか、出れなくてごめん。どうしても出れなくて…」
「…よ」

やっと名無しさんの声が聞こえてきた。

「…よ、かった……」
「…っ!名無しさん!本当にごめん!」

久しぶりに聞いた声と言葉は怒りでも罵倒でもなく、ただ安心した声と言葉だけだった。
暁は顔を歪めて、名無しさんを自分の腕の中に収めた。彼女の涙を自分の服で零れないようにぐっと押し付ける。

「ちゃんと、説明するよ…全部話す」
「…うっ…ひっく…」
「もう、こんなことしないから…」

どうか泣き止んで。





「…じゃぁ暁は本当に」
「うん…」

涙が落ちつき、呼吸もまともにできたころに暁はここでの出来事をすべて名無しさんに話した。怪盗団、仲間、あのニュースのことすべてを全部話した。
名無しさんは黙ってそれを聞いていた。

「黙っててごめん」
「…いいよ、そんなこと言えないもんね」

笑顔で返してくる彼女に暁は嬉しいやらくるしいやらで顔をゆがめた。

「そうだ、あの時のおまじないのこと…」
「あれ、すごく助かった」
「嘘だよ!あんな子供だましみたいなこと」
「ううん、あれがあったから俺はあの時も今も頑張れたんだ」

制服の胸ポケットからおそらく本当に試したのであろう一枚の紙を取り出す。四つ折りに丁寧に折られたそれを優しく開いていく。

「大事な大好きなものを書けって言ったよね」
「言ったけど…」
「書いたら、本当に元気が出たし、待ってくれてるって考えたら絶対に成功させなきゃって気になったんだ」

ぱらっと開いた紙の中身にこれまた丁寧な文字で名無しさんとかかれていた。紙を見て、彼を見て、また紙を見る。


「えっ…」
「俺、ずっと名無しさんのこと好きだったんだ」
「あの」
「だから紙に名無しさんの名前書いてずっとポケットにしまって、ポケットから紙のこすれる音が聞こえてきたら、あぁここに大事な人がずっとそばにいるって思えて」
「ちょっと」
「そうしたら元気がでてきて、あんな奴らに負ける気しなくて、作戦成功させようって」
「まって!!」

おもわず暁の口を塞いだ。顔を赤くして暁を見上げて必死になっている。

「ま、まずなんで私!?ていうか好きってなに!?なんの話してるのよ!」
「もごもご」
「落ち着かせて!わかったわ!同じ名前の子がいるんでしょ!?よかった私じゃないのねうん!」

もごもごと抗議する暁の言葉を無視して自分を納得させる。それにむっとなり彼女の手をふいっととりさって顔を近づけた。

「俺が好きなのは今俺の目の前にいる君のこと。俺の知る名無しさんは君だけだ」
「…は、ひ…」
「ずっと、君だけを愛してた」

どこでそんな口説き文句をおぼえてきたんだと、問い詰めたいがそれどころではない。
見ないうちに彼はだいぶ見た目も心も成長したようだった。

「で、でもあの…私、その」
「恋人いるの?」
「いません…」
「好きな人いるの?」
「い…な、い」

顔の熱が止まらない、心臓の鼓動も頭もパンクしてすぐにここから逃げ出したい。
しかし暁が彼女の手を握っているのでそれもできない。

「俺のこと嫌い?」
「そういう、ことでは…」
「俺のことを、男として見てくれてた時ある?」

さらに顔が赤くなり、もう何も考えられなくなっていた。男として見ていたことなんてたくさんあったのだから。

「あ…い……」
「名無しさん、俺もう泣かせたりしない、心配かけることはあるけど必ず君のもとに帰ってきてずっとそばにいる、幸せにだってする。だから、俺と付き合ってください」

男として見て、こんなところにまで飛び出させてきた目の前の相手のそんな告白を名無しさんは混乱しつつでも嬉しいという気持ちは確かにあった。

「あ、の…」
「うん…」
「私、あの」
「うん」
「……付き合ってく、だ、さい…」
「うん!」

暁は笑顔で名無しさんを今度は優しく抱きしめて頭を撫でた。さまよっていた彼女の手がしずしずと彼の背中に置かれる。

「ありがとう…本当に、幸せだ…」
「あ、ぅ…私も」

ぎゅうと少し力を入れて隙間を埋めるように寄せる。すると暁の鼓動が速いことを感じて名無しさんはそっと彼の頬に自分の頬を近づけてみた。

彼の頬は自分より、ずっと熱かった。









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