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□幸福な誘拐
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私には逃げられない道があった。
大人の事情や都合で手を回されて、それが決まり事のように周りから扱われた。

結婚。

それを聞いてなんて幸せなことなんだろうと何度も考えてきた、でもこれは私が思っていたものじゃない、結婚はもっと幸せなものなんだと思いたい。
もしかしたらこれが現実の結婚なのだろうか。


「名無しさん、どうした?」


学校の後輩である来栖くんが最近暗い表情の私を気にしていることは知っていた。やたらと優しいのはそのせいだろう。

「なんでもないの、受験で思いつめちゃったりとか、そういうのだから」
「そんな苦しい顔をするほどなのか?」
「そう、だね」

受験なんてしない、だって相手の男が卒業したら一緒に暮らすのだと言っていたから。
結婚だっておそらくもう数日で行われる。学生なのに結婚するとか、どうなっているんだろうこの国は。
両親も否定しないし相手の表面に騙されてその気だ、私は相手のことを何も知らない。ただ突然告白されて、いつのまにか逃げられない道へのルートを作られていたのだ。

「嘘」
「嘘じゃないよ」
「だってそんなに悲しそうな顔見たことない」
「来栖くんは私のこと全部見てるの?」
「少なくともほかの人よりは見てるつもりだよ」
「あなたじゃなければドン引きのセリフだね」
「どーも」

彼はそこから動かない、真剣な顔でこちらを見続けている。

「ね、話すだけでも楽になるって言うし、俺いくらでも付き合うから」

これを話したところでなにが変わるのか、きっと彼は反応に困って曖昧な返事をするだけだ。
でも、そうか、最後になるかもしれないのか。

「本当に聞いてくれる?」
「いくらでも」
「私ね、たぶん数日後に結婚するの」
「えっ」
「おかしいでしょ、学生が結婚なんて、でも相手が早めにってこんな常識はずれなことしてるのよ。バカみたいでしょ」
「名無しさん…」

言葉はでないよね。

「そしたらもう、私、あの男の物になって、きっと、幸せ、なんだよ」

幾度か言い聞かせた言葉。
今は諦めに等しいからもういらない言葉。

「嘘だよ」
「本当よ」
「じゃあなんで泣いてるんだ」
「泣いてない」
「泣いてる、それとも泣いてることも気づかないほど、悲しくて泣いたのか?」

何を言っているの、私は泣いても変わらない現実に諦めただけだよ。

「…泣いててももうどうでもいい、変わらないんだから」
「ねぇその相手の名前を」
「聞いてどうするの、噂の怪盗団にお願いするの?こんな作り上げられた祝福ごときを」
「書いてみなきゃわからないだろ」
「いいの、もうどうだっていいの!」

彼の前で初めてこえを荒げたと思う。驚いて来栖くんは黙った。

「ごめん、聞いてくれたのに」
「…俺も悪かった」
「ごめんついでにもう一個言っていい?」
「いいよ」
「私ね、本当は来栖くんが好きなの」

今度こそ彼は固まった。

「でももう意味ないから、深く考えないで。それじゃ」
「…!待って!」
「ありがとう、恋してた時私すごい幸せだった」

そこから走りさった。
言えた、すごい嬉しい、悲しい、大丈夫、もうこれで本当に悔いなんてない。





本当に数日で結婚式が執り行われた。
綺麗に見繕ったウェディングドレスに着飾られた私にはもう感じることなんて何もない。テレビの向こうはこれを着るだけで幸せそうだったのに。

準備ができ、呼ばれる。父の腕に捕まり扉の先へと歩いていく、綺麗な景色がわざとらしく見えて笑えない。
周りは泣いていたり祝福の言葉を投げてくる。

神父の前へたどり着き、なんの事件もなくそれは進んでいく。
遠くで車のエンジン音が聞こえた気がした、この静かな空気に似合わないエンジン音。
でもそれが私には心地いい。

するとそっと扉が開く音が響いた。振り向くと黒いコートを羽織り顔にピエロのような仮面をつけた男が堂々と立っていた。
男はゆっくりと、でも間違いなくまっすぐに私に向かって歩いてきている。あと数歩で私に触れるというところで相手が間に入り、お前は誰だ、と叫んだ。
男はにやりと口を歪ませた。

「お前には自己紹介をすでにしているはずだ、聞く理由はないだろう」

堂々とした響く声、相手は顔をゆがめて手を握る、心当たりがあるのだろうか。すると急に私の腕を掴んで引き寄せてきた。
これは俺のだ!誰にも渡すか!!
大声で怒り叫んだ、掴まれた腕が怒りにまかせて握っているせいですごく痛い、跡になりそう。

それを見た男はすぐにつかんだ腕をにぎり、相手の手をひねりあげた。痛みで相手は悲痛に叫ぶ。

「レディは大切に扱うものだろう」

その言葉に怒りが含まれているように感じた。男が相手を横にポイと捨てるように投げ、今度こそ私の前に立った。胸に手を当てる。

「はじめまして、私の名はジョーカー。あなたを盗むためにここに参りました」

丁寧に挨拶をして盗むと宣告してきたのだ。

「人攫い?」
「いいえ、怪盗です」
「怪盗さん、私なんの高価な品はありません。あなたのお金になるようなものはありません」

人身売買でもするのだろうか。私にはお金になるようなものはなにももっていない。正直に私を盗むことの意味のなさを言った。男は聞き終えるとまた口元を歪めた。いや、今度は緩めた。

「私が欲しいのはあなた自身。金品なんてものは必要なないのです」

私の手を優しくとって握る。すると急に引き寄せて抱き上げた。一瞬の出来事でわからないままの私を抱いて男はそこから一目散に走り出した。
後ろから動揺と怒りの声が聞こえている。
それら一切を無視して走っていく、前方に車が止まっていて中から、早くしろ、と別の男の声がきこえる。たどり着くと私を降ろし、すぐにドアが開いた。
すでに座っているツインテールの仮面をつけた女の子が私の腕を引いて車に乗せた、となりに男も座る。

「出すわよ!」

運転席からも女性の声がして急発進した。ガタンと大きく揺れたが男が私を支えてくれた。大勢の声はもう聞こえない。

しばらく進むと車は人気のない神社の入り口で止まった。男が車から降りて私に手を差し出す。降りてということなのか、後ろに座っていた女の子が私の背中を押した。その手につかまりゆっくりと降りる。その手をつないだまま男は神社より奥へとゆっくりと歩き始めた。

だんだん都会の景色はなくなり、自然が多いのどかな場所へと移動する。そこで男は止まった。私も立ち止まる。男はつないだ手を放して私に向き直った。そしてそっと相手の男が掴んだ腕に触れた。

「ごめん」

あの時の口調ではなく、ごく普通のどこにでもある口調だった。

「大丈夫です。ありがとうございます」
「…」
「あの、一つ聞いてもいいでしょうか」
「どうぞ」
「何故、私を盗んだんですか?」

男は優しく口元を緩めて仮面を外した。

「あなたに恋をしていたから、君が別の男にいくなんて耐えられないし俺が嫌だったんだ」
「えっ…」

仮面の下には最後に恋をしていた来栖くんの顔だった。彼は仮面をコートのポケットにしまい、言葉を続ける。

「君は俺に好きだと言ってくれた、でも俺の返事は聞かなかったよね。結婚が決まってたから最後にって思っただろうけど…俺は君を泣かす奴に絶対任せたくないし俺のほうが幸せにする自信があった、だから、君を盗もうって決めたんだ」
「でも、その…恰好は」
「これ?急いで作ってもらった。やるなら同じ格好で怪盗になれって言うからさ」
「えっと…」
「ねぇ名無しさん、君は盗まれたからもう誰のものでもないよね」

その言葉が私の心臓にコロコロと落ちて涙腺を刺激した。そっか、私あの男と結婚しなくていいんだ、盗まれたから。そう思ったら涙があふれて止まらなかった。次々に落ちる涙を来栖くんは私の目元に指を置いてそれをぬぐってくれる、でも、泣き止んでとは言わなかった。

「誰のものでもない名無しさんに、あの時の返事をさせて。俺も君が好き」

溢れた涙が一瞬でとまった。今、彼はなんて言ったの?私の耳がおかしいの?

「だから、付き合ってください。もっとわがまま言っちゃえば、結婚を前提に。君を物にしたいんじゃない、君の隣で一生歩いて生きたいんだ」

聞き間違いじゃなかった。本当はこの誘拐も自分の都合のいい夢で、目が覚めたら結婚の当日なんじゃないかってずっと心のどこかで思ってたんだ。
でも、彼の握ってくれる手や頬に置く手の感触は間違いなくあったし、温かい。これは現実なんだ。

「うっ…うぅっ…」
「…どうかな」
「あっ…あの……んっ…よろしぐ、お願いします…」

その言葉がちゃんと伝わったかわからないけど、来栖くんが急に私をきつく抱きしめた。また涙が止まった。忙しいな、今日は。

「よかった、嬉しい」
「ありがと…」

私もお返しに彼の背中に両手を伸ばした。


「っしゃあああああああああ!!がっつり成功したぜぇぇ!イッテぇ!」
「バカ!」
「て、テレビで見たぞ!!これが告白してカプが成立するやつだろ!?」
「この場所で正解だったな、よく映える」
「み、皆まって…!」
「はぁ…」

いろんな茂みや木陰から顔を出してくる。あぁ、車の中にいた人たちだ。

「結局聞いたのか」
「そりゃーさ?やっぱ気になんじゃん?」

金髪の男が来栖くんに答える。仮面を外して私に顔をみせた。あれ、この人来栖くんとよくいる子だ、皆仮面を外して私に顔を見せてくれた。知らない子もいるけど知ってる子が多い、
特に。

「新島さんに、奥村さん…」
「ごめんなさい、こんな形で」
「うふふ、ちゃんとお話しできるの、これが初めてかな」

同世代の彼女たち二人が、こんな怪盗とやらに参加していたことに私は驚いた。

「あのー…いつまでそうしてる気?」
「へっ」

先ほどのツインテールの女の子が私を指さした、正確には、私たちのことを。そういえば私、来栖くんに抱き着いたままだ。

「あっあの!離してもらっても…」
「ん?いいよもうこのままで」
「ちょーっと!?」

来栖くんはその指摘を無視して私を変わらず腕の中に捕まえている。周りの視線が痛い、というか一部の人たちははやし立ててる。やめて、すごい恥ずかしいこれ。

「んじゃ、とりあえず作戦と成功祝いでどっかで打ち上げしよーぜ!?」
「じゃぁスイパラいこ!今限定やってるし!」
「私!私チーズケーキがいい!」

ぞろぞろと彼らのあとをついて歩き出す。
ふと来栖くんがそういえばと声をかけてきた。

「そのドレスは名無しさんが選んだの?」
「ううん、これは相手が勝手に決めてた」

そう答えると彼はむすっと不機嫌な顔になり、そっと私に耳打ちしてくる。

「今度は一緒に考えようね」

真っ赤になる私を見て満足したのか手を引いて再び歩き出す。
私はその手を振りはらって走りさりたかったけど、彼の握る手が優しくて振り払えず、引かれるまま歩いていった。






幸福な誘拐






      
 

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