not L but S

□3.迎えるモノ
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「ねぇ、マサゴタウンからは北に向かうんじゃないの?来た道戻ってるけど……」
「いーんだよ。せっかくだから寄っときたいとこあるんだ」


研究所を出た後、エントは次の街に向かおうとするメグを引き止め、連れて行きたいところがあると言うのでついて行くことにした。
201番道路を過ぎると、少し開けた場所に着いた。

「……!」

目の前には一面の湖が広がっていた。
周囲の草むらもそよそよとなびき、穏やかな空気が漂っている。

「ここ来ると落ち着くんだよなー。いいとこだろ?」
「うん……でもどうしてここに?」
「ここはシンオウ地方の神話が伝わる場所で、シンジ湖っていうんだ。この湖の底には"妖精"がいて、この周辺に住む人々を見守ってるって噂。ま、旅前だし、寄っとくのもいいかと思ってさ」
「妖精……それってポケモンのこと?」
「さぁ…昔はオレも探してみたりはしたけど。……まぁ見つかんねーよな。博士も詳しくは知らねーみたいだし」

そう言って、エントは草むらに寝転んだ。
メグも合わせてその隣に腰を下ろし、目の前に広がる湖を眺める。
ふと、腰あたりに違和感を感じた。
最近は相棒のみを連れていたから、久しぶりのポシェットの膨らみに不思議な感覚を覚える。ただ、その感覚はすぐに消えるということも、メグは知っている。
この新しい仲間は、親と間違えたのではないかと思うほど相棒に懐き、引っ剥がすのに苦労した。その後は押し込むようにしてボールに入れ、懐にしまうと、途端に大人しくなった。相棒と同じ空間に居るからだろうか。


「ホウエン地方にも神話とかあんの?」
「うん、まぁ……」

ホウエンの神話や昔話については、父からさんざん話を聞いて育った。
大昔、大いなる自然を纏う二体の化身の争いが絶えなかった時代。そして、別の一体の化身の仲裁によって死闘が終わり、人々は恩恵を受ける。
諸説あるが、大まかにはそんなとこだ。
しかし、その伝説的な状況を、父は若かりし頃、つまり私が生まれる何年も前に目の当たりにしたという。

『いいかメグ、お父さんがあいつらを鎮め…いや、仲直りさせた。だから、ホウエンは今も平和なんだぞ。ハッハッハ…!』

という武勇伝を、物心つく前の娘に自慢げに語り続けた。
そのせいで、幼い頃は父が仲裁役の伝説の化身だったのかと思い込んでいたほどだ。
しかし、今思えば、父が武勇伝を話すたびに母が可笑しそうに笑い、周囲の大人たちも苦笑いを浮かべていた。おまけに、父が当時経験したという伝説的な事件の記事や文献は一切なく、旅の途中で伝説の化身たちの住処と思われる場所に赴いたりもしたが、その姿や痕跡を見ることはなかった。
それでいつからか、父は娘を喜ばせるために大口を叩いていたのだろうと悟り、娘の父に対する崇拝期間は流星群のごとく流れ去っていった。

「けどさ、もしそれが本当だったら、メグの親父さんはホウエン地方を救った英雄ってことだろ?」
「"本当だったら"ね、英雄どころか歴史的な大事件よ。大昔の神話が、お父さんの時代で再現されるなんて」
「たしかにな……。でもさ、なんかそういうの羨ましいわ」
「羨ましい?」
「オレの親、昔っからすげー現実主義でさ。子どもに夢を見させてやろうなんて時期はなかったし」
「夢ならまだいいんだけど。おもいっきり嘘を言うんだもの」
「それも親の愛情なんだって」
「……なんか、エントくんって」
「ん?」
「うちのお父さんと気が合いそう……」
「んな嫌そうな顔して言うなよ」

エントは不満そうな顔をしていたが、ふいにこちらを見てニヤニヤし始めた。
なに?と返すとエントは笑って言った。

「チャンピオンってもっとガツガツしてるか、タカビーな感じの奴かと思ってたけど。意外とフツーだなって」
「なにそれ……」

メグは思わず苦笑したが、そう言われるのはなんとなく嫌ではなかった。イメージに囚われないことの大切さは、ある男から散々学んだからかもしれない。



『君は、イメージや外見に囚われることなく、物事の本質を見抜くのに長けている。なのになぜかな……自分の事はちゃんと見えていない。僕はそう思う』

かつての師匠の言葉は、思い出すたびに重くのしかかる。

『探すんだ。君が本当に追い求めているものを。そうすれば、君はもっと……』



「どうかした?」
「う、ううん。そういえばよかったの?エントくん、旅の途中だったのに。再スタートになっちゃうね……」
「そんなの今更だって。ま、気楽に行こうぜ。てかエントでいいよ」
「うん。じゃあ……エント、よろしくね」
「おう」




この時、私は気づかなかった。


さっきまで静かだった湖が、ひどく波打っていたことを。


そして




避けようもない運命が、定まったことを。
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