闇金短編

□メガネについて
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お昼時を少し過ぎた1時頃、
「あ、加納くん。お昼行く?」
と声をかけられた。
苗字の顔を見て、どこか違和感を覚える。
「おう。少し遅いけどな。」
違和感の正体が分からぬままそう答えながら、山田はどうしたのかと考えて、今日は午後休だったのを思い出した。
「山田が帰っちゃったから。よかったら一緒にお昼どう?」
考えていたことが分かったのか、苦笑いをしながら話を進める。
「いいぜ。俺今日、カツ丼の気分。」
苗字は?という意味を込めて視線を送れば、違和感の正体にやっと気がついた。
「苗字、今日メガネなんだな。」
「お、気づいた?」
少し得意げな笑みを浮かべてフレームを触ってみせる。
「柄崎も高田くんも気づいてくれたし、加納くんも気付いてくれたから、あとは丑嶋くんだけだな〜」
「え、社長まだ気づいてないのか?」
苗字の変化にならどんな些細な事にでも気づく社長が珍しいとおもったら
「丁度すれ違ったりでまだちゃんと顔合わせてないんだ」
そう聞いて納得した。
「てか、なんでメガネしてるんだ?」
メガネをしないといけないほど目が悪かった記憶もない。
「あー…実はね…」
そう言ったきり少し沈黙が訪れる。ちらりと俺のことをみて、手招きをしてきた。
苗字の方に顔を寄せると、耳元で「前、丑嶋くんにメガネ可愛いって言われたから。また言ってくれるかなって思って。」
とのろけられた。耳元から離れて向き合う形になれば、苗字の顔はほんのりと赤くなっていて。
「なんだのろけか。あと、顔赤いぞ。」
そう言ってほっぺを挟めば、いつもならわかりやすく表情を変える苗字が大人しいままで
「丑嶋くん、おかえり。」
なんて言うものだから一気に冷や汗が溢れ出てきた。
「…ただいま。ンで加納、なにしてンの?」
普段より声のトーンが低くて、明らかに不機嫌だと分かる。
「しゃ、社長。おかえりなさい。」
なんとかそれだけ返すことは出来たが、はやく質問に答えなければ殺される。
だが、1から話すと長くなるし、苗字も内緒ねと言っていたし――
絶体絶命のピンチに、死を覚悟した時、賑やかな足音とドアを開ける音、戻りましたという柄崎と高田の声が聞こえた。
そのお陰でなんとか難を逃れることができ、命拾いした。
それから少しの間、社長の視線が痛かったが。

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