長い物語

□第三廻 幼子と少年
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「……俺の事、諦めたって訳じゃ無さそうだなぁ、あいつ。しつこいんだけど」
《………そうだな》

S・O・Fの姿が見えなくなる頃、面倒くさそうに紡がれた理穏の言葉に、それまで黙っていた冴凜が短く応える。
彼女は厳しい顔付きでハオの消えた空を睨み付け、音が聞こえる程強く奥歯を噛み締めた。

「よく抑えたな」
《あぁ……もう少しでも長く奴が此処に留まっておれば、恐らく手を出していたがな》
「事情は理解してるけど…ハオにお前が手を下せば、理桜を悲しませる事になるからな?」
《言われずとも分かっている。あんな男でも、主にとっては最愛の夫だからな》
「なら良いけど」

理桜がどれだけ葉王を想っているのか、理穏は痛い程知っている。しかし冴凜の気持ちも解るので、内心は少々複雑だ。

これ迄理桜の記憶と冴凜の話からしか知り得なかった葉王について。
それをこうして目の当たりにして、葉王の恐ろしさを実感した。
けれど、理桜の言っていた事も同時に納得してしまったのだ。

「葉王は危うい、か……」
《何?》
「いや、理桜が前に言ってた事を思い出してさ」
《主が何と?》
「葉王は純粋過ぎて危ういって」
《何だそれは》

心底理解出来ないと言いた気な顔の冴凜に、理穏は苦笑しつつ答える。

「俺も聞いた時は意味が解んなかったんだけどな。会ってみて解った。あいつは──ハオは、母親を殺された事で人間を憎み始めて、だけどその原因となった僧を殺した事で復讐を遂げただろ?」
《そのようだな。だが、復讐を終えても彼奴は満足していない》
「いや…だからこそ、なんだよ。復讐が出来てしまったからこそ、あいつは終われなくなったんだ」
《何だそれは?》
「憎むべき第一目標を早々に殺した事で、心に宿るその憎悪は向かう先を一度見失った。それは当時のあいつにとって、生きる理由の喪失だった筈だ。けど、無垢さや無知と引き換える様に乙破千代から得た【霊視】の所為で、あいつは失った筈の目標をまた見付けてしまった」
《目標?》

子首を傾げる冴凜に、理穏は神妙な表情を見せる。

「最初に憎んだモノ……人間そのものだよ。葉王は、復讐した相手は【人間が葉王の母親に手を下した切っ掛け】でしか無いって事に気付いちまったんだ」
《……成程。それで、本当に憎むべきは【能力(ちから)無き人間】だと定めた…か》
「そう。そんであいつは目標を一度見失ってるから、次は見失わないように無意識に気を張ってる。それが原因であいつの視野は狭まってるんだ」
《……だからと言って、それが何だと言うんだ》
「だから、あいつは麻ノ葉さんが傍に居ても気付けなかった。麻ノ葉さんの言葉が届かなかった。だろ?」

麻ノ葉の名を出した瞬間、冴凜の纏う空気が変わった。
その表情には明らかな動揺と微かな怯えが見える。

《……貴様は何処迄……いや、主は何処迄知っている》
「それだけだよ。お前が話さないからな」
《………………》

睨み付ける冴凜を暫く見詰め返していた理穏は、短い溜め息を吐くと不意に微笑った。

「さて、そろそろ話してる場合じゃなくなってきたな」
《なに?》
「お前にも判るだろ?屋敷の中に残ってる生気の一つが、もう危ない」
《……まさか貴様……》
「あぁ。あんなんでも一応親戚だし、あいつは理桜を助けに来てくれた。なら、理桜の代わりに今度は俺があいつらを助けに行く」
《救える算段はあるのか》
「一つだけな。でもたぶん、それで俺は暫くこいつの傍には戻って来れない」
《………なるほど。何をするつもりなのか理解した》
「なら良かった。理桜の事、よろしく頼む。それと、こいつに怒られるのは面倒だからさ……俺が何をしたのかは、出来れば此処だけの秘密にしといてくれ」

唇の前に立てた人差指を当てて、理穏は悪戯っぽい笑顔を作った。

《我は主の持霊だ。頼まれる迄も無く彼女はお守りする。だが……貴様も主にとって大切な存在だ。必ず戻れ》
「頑張ってみるよ。じゃ…またな、冴凜」
《………………》

無言で首肯した冴凜は、次の瞬間力無く倒れる理桜の体を抱き止めた。
静かな寝息を立てる主の体をそっと横抱きにして、洞穴の中に戻ろうと歩き出す。

遠く背後の、未だ燃え盛る屋敷の中から二つ(・・)の気配が遠ざかって行くのを感じて、けれど振り返る事はせず、彼女は暗い洞穴を進んで行った。




2018.09.30
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