長い物語

□第三廻 幼子と少年
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『……何、あれ……屋敷がっ』
《大精霊の炎よ》

雨雲のような黒い煙に覆われた朝の空は、夕焼けの如き(だいだい)に染まっている。
その真下で貢犠宗家の屋敷が炎に包まれる様を、理桜は呆然と眺めた。

『……でっかい焚き火…』
《お芋でも焼く?》
『それは…怨念とか無念とかが込もって不味くなりそうだよ冴凜さん』
《大人の味になるんじゃない?》
『……やめとけ』

目の前の光景のあまりの現実味の無さに軽口をたたく理桜。
しかし、それでいつ迄も自分を誤魔化す事は出来なかった。

『なぁ…香雅達は…』
《助けに行こうなんて、流石に考えないでね。貴女はこんな所で死んでいい人間じゃ無いんだから》

冴凜は燃え盛る屋敷を無表情に見下ろしたままでそう告げる。
それは理桜の中に沸き上がった不安を確信に変えるには充分な反応だった。

『っ!誰がこんな事…』
「僕だよ」
『っ!?』
「やぁ、貢犠 理穏。昨夜の答えを聞きに来たよ」
『……お前、は…』

背後から聞こえた幼い声に振り返った理桜は、青地に黄色の星柄が散りばめられたマントを纏う子供が居るのを見た瞬間、戸惑って言葉を失った。

「あれ?昨夜ちゃんと名乗っただろう?僕は──……」

──理桜、代われ!

『っ!?』

唐突に身体の主導権が理穏に移り、昨夜と同じように理桜の意識は閉ざされ──

「未来王、ハオだ」

その名乗りを聞いたのは、理穏だった。

「──……確かに、やるだろうなぁとは思ったけど…容赦無しか」
「君が素直に僕の所に来てくれてれば、或いは防げたかもしれない犠牲だよ?」
「嘘は良くないぜ未来王。最初っからお前、【貢犠】を存続させる気無かっただろ」
「………」

不敵な笑顔で口を閉ざすハオに、理穏は苛立ちも露わに舌打ちする。

「それで?答えは?」
「…貢犠が滅んだら、だっけ?正直、何の感慨も無い。どーでもいい。そんでついでに言うけど、こんな事されても俺はお前には従わない」
「まぁ…そうだろうね。君は彼女に似てとても頑固みたいだから」
「なら、これは只の私怨での所業か」
「私怨…?違うよ。これは貢犠の人間が受けるべき当然の報いさ。貢犠者の風習なんて一度は廃れた筈なのに、それを私欲の為に再び持ち出して来た奴らが悪い」
「それももう二百年以上前の話だ。今生きてる貢犠の奴らに責任は無いだろ」
「だとしても、残念ながらその頃の僕はまだ地獄に居たから手を出せなかったし…それに、貢犠は貢犠だろ?結局【貢犠者】の儀式は続いているんだ。許す事は出来ないよ」
「それを私怨っつーんだよ…」

理穏が殺意に近い怒気を込めた鋭い眼で睨み付けても、ハオはとても今【一族郎党皆殺し】なんて恐ろしい所業を為したばかりとは思えない無邪気な笑顔で受け流すだけ。

「こんな事しても理桜は喜ばないぜ?」
「そうだね。どころか、彼女が知ったらきっと怒る」
「それを解っててそれでもやったって事は……やっぱ私怨じゃねぇか」
「違うって言ってるのに。怨みに思う以前に、僕はただ許せないだけなんだ。生贄なんて下らないモノに、本当に生きるべき人間が使われる事が」
「…は?」
「だってそうだろう?如何なる時も生贄に選ばれるのは特別な力を持つ者…つまりシャーマンだ。そしてそれで安寧を得るのは無能な徒人ばかり……君はそれを許せるのかい?」
「そんなの許すとか許さないの問題じゃ無いだろ。力を持つ者だからこそ神に求められる。それだけだ」

ハオはその理穏の答えがお気に召さなかったらしく、笑顔を収めて彼を睨む。

「本当にそう思っているのか?特別な力を持つというだけで疎外され利用される事に、少しの疑問も無いと?」
「疑問が無いとは言わない。けど、だからって徒人と云われる全ての人間を否定する気も俺には無い」
「そうか…僕には理解出来ないな」
「お前は、その【無能な徒人】に生きる価値は無いって言いたいんだろ?」
「あぁ」
「だったら尚更、俺はお前に従わない。お前と俺の考え方は重なる事が無さそうだ」
「そう……残念だよ、貢犠 理穏」

目を閉じ、顔を俯けたハオはゆっくりと理穏に背を向けた。

「やっぱり君は彼女とよく似ているよ。易々と僕の思い通りにならない強い意思、か…忌々しいね」

そんな呟きと寂し気な笑みを残して、ハオはS・O・Fの背に乗るとそのまま飛び去って行った。


 
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