長い物語

□第三廻 幼子と少年
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「何の溜め息だ?」
「……緊張してきた」
「は?」

ハオから返ってきた答えが理解出来ず、理穏の顔が困惑に歪む。

「緊張?お前が?何に」
「君が本当に理桜の記憶を知ってるんだって納得したら、急に緊張してきたんだよね…」
「おい待てこら。つまりさっき迄は信じてなかったって事か」
「仕方無いだろ?こっちだって今回は双子で生まれてるけど、葉が僕の記憶を共有なんて出来るとは思えないし」
「あ〜…まぁ……それもそーだな」
「だろ?だから、君が理桜の記憶を持ってるなんて言われても、簡単には信じられなかったんだよ」

理穏は幼い頃から当たり前に理桜の記憶を共有していたのでそれが普通になっていたが、確かにハオの言う通りだ。
双子と云えど魂は別物。
幾ら強い力を持っていても、互いの──他者の記憶を何の術も用いずに読み取る事など出来るのだろうか?

「……冴凜が何かしたとか」
「確かに出来なくは無いかもしれないけど……何の意図があって?」
「だよなぁ……」

言ってはみたものの、その可能性が微塵も無い事は理穏自身が一番良く理解している。
理桜と理穏の記憶の共有。それを知った時の冴凜の反応を見れば、彼女が関与していない事は一目了然だった。

「あ、記憶の共有が出来てるって事はさ」
「ん?」
「理穏は理桜と同じように、冴凜を持霊として戦えるって事なのかな?」
「………だとしても、絶対にお前の仲間にはならないぞ。俺達はシャーマンファイトに出る気も、関わる気も無いし」
「まだ何も言ってないじゃないか」
「お前の言いそうな事くらいは解るよ」
「理桜の記憶のお蔭で、か…本当に厄介だ」

少々不機嫌な顔をして、口にみかんを放り込むハオ。
こうしていると、まるで無害な子供にしか見えないのだが…

「……お前は、今も笑いながら人を殺せるんだろ?」
「え?うん。そうだね」
「悪いけど、どんな理由があろうと俺はそんな奴に手を貸そうとは思えない」

もう一度はっきりと、仲間になるつもりが無い事を告げる理穏。
そんな理穏に、ハオは困ったように微笑った後、真剣な表情を向けた。

「……では訊くが、君は今の貢犠一族の者達に殺意を覚える事は無いのか?特別な能力も、明確な目的も無く、ただこれ迄の歴史に従っていてのみ許されている存続に縋るだけの、あの醜い人間達に」
「確かに、この家に関しては憤りも不快感も感じる事はあるよ。誰も彼も無知なクセに術師気取りな所が気に入らないし、生き様だって好きじゃない。けど…お前みたいに「だから奴らは殺して良い」って安易な考え方するのも、俺には解らない」
「僕はこの星に…世界にとって不要な存在を消しているだけだよ」
「必要とか不要とか、そんなん神になってから言ってくれ。今のお前は力を持っただけの(ただ)の人間だ。そんな奴が他人を殺す事を、世界も星も喜んだりはしねぇよ」
「……僕が、徒の人間だと…?」
「違うって言いたいのか?だとしたら、それはお前の言う【業の深い人間】と同じ思考なんじゃないのか?」
「………………」

理穏は鋭くなるハオの、殺意さえ篭ったその眼を真正面から黙って見返す。

流石に「理桜の関係者だから絶対に殺されない」などとは思っていない。
それでも今のハオに恐怖を感じないのは、恐らく理桜の記憶があるからだ。

「お前がただ感情のままに他者を殺してる訳じゃないのは知ってる。そこに損得勘定は無いんだろーし。けどな、少しばかり浅慮なんじゃないかと、俺は思う」
「……どういう意味かな」
「言葉通りだよ。そんで、お前のその生き方はいつか理桜を傷付ける事にもなるんじゃないか、ってな」
「………………」
「俺が忠告出来るのはこれくらいだ。あとは自分で考えてくれ」

黙り込んでしまったハオを横目に、理穏は炬燵から出て大きく伸びをする。

「もう零時だし、俺は明日に備えてそろそろ風呂入って寝るわ。お前、出てく時はちゃんとみかんの皮捨ててけよ。湯呑はそのままでいーから」
「……貢犠 理穏」
「ん?」
「君は、もしも貢犠の一族が滅んだらどう思う?」
「何なんだよ唐突に……考えた事もねぇよそんなの。莫迦な事言ってねーで、お前もさっさと帰って寝ろ」

背を向けたままヒラヒラと手を振って、理穏はハオを残して部屋を出て行った。


 
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