長い物語

□第三廻 幼子と少年
5ページ/8ページ

††††††††††


「冴凜、ただい………っ!?」
「やぁ、おかえり。遅かったね」
「………………」
「あ、みかん貰ってるよ」
「………………」
「其処、寒いだろ?取り敢えずこっちに来て炬燵に入りなよ」
「………何、で…?」
「ん?どうした?」
「何でお前が、当たり前みたいにうちで俺のみかん食ってんだよっ!」
「そんな事が気になるのか?ちっちぇえな……みかんぐらい良いじゃないか」
「それもだけど一番の問題はそっちじゃ無くてっ!お前が、何で、うちで、そんな堂々と寛いでんだって事を訊いてんのっ!」
「それは勿論、話が途中だったからだね」

きれいに剥いたみかんを食べながら、ハオはにっこりと微笑う。
その姿を見て脱力した理穏は、疲れた顔をして室内に踏み込み、後ろ手で襖を閉めた。

「……さっきの話なら断った筈だけど。俺、仲間にはならないって言ったじゃんか」
「僕は納得してない」
「それでも、「今日の所は引き下がる」って言ったよね、お前」
「そうだっけ?」
「………………」

笑顔で首を傾げるハオに、理穏は盛大な溜め息を吐く。

「理桜の記憶の中の【葉王】と違って、今此処に居るお前は随分と子供っぽいのな」
「別に、あの頃だってそんなに大人だった訳じゃ無いさ。理桜の前ではカッコつけてただけだよ」
「だったら俺の前でもそうしてくれ……」
「嫌だね。僕が頑張るのは惚れた女の前でだけだ」
「つまり理桜の前でだけ……か?」
「勿論」

当然のように頷くハオ。
そのハオの斜め後ろで冴凜はとても怖い顔でハオの後頭部を睨み下ろしている。

「ところでさぁ…冴凜はそんな怖い顔して何がどうした」
《どうしたもこうしたも無い。我はこの男が大嫌いなのだ》
「ははは。相変わらずだね、冴凜は」
《気安く呼ぶな。我は主を泣かせた貴様を許してはいない》
「わかっているよ…僕が彼女を泣かせた……それは確かに、事実だからね」
「それ、千年前の話か?それとも……」
《五百年前の話だ。最期のあの日、主の流した涙の意味をこの男は理解していない。我はそれが、無性に許せ無い……それだけだ》

小さく吐き捨てて、冴凜は姿を消した。
後に残された理穏は、何と無く気不味い雰囲気を誤魔化すように炬燵の上にある急須とポットを使ってお茶を淹れ、ハオに湯気の上がる湯呑を差し出す。

「ありがとう」
「ん」

自分の分のお茶も用意すると、理穏はハオの対面側から炬燵に入った。

「……さっき冴凜の言った事なんだけどさ、実は俺も同意見」
「え?」
「お前さ…理桜があの日、何で泣いたのか理解してないだろ?」

理穏はお茶を一口飲むと、ゆっくりとした口調で問い掛けた。
ハオ相手にあまり迂闊な事は言えないと思いながらも、理桜の昔の記憶も共有して知っている理穏は、黙っている事が出来なかった。

「そうだね……僕には、彼女のあの時の気持ちは、きっと考えても解らないよ」
「本当にそうか?考えなくても理解出来る筈なんだけどな」
「考えなくても…?」
「お前は多分、理解してないんじゃ無くてさ……本当は気付きたく無いだけなんだよ。それが冴凜には逃げてるように見えるんだ」
「言ってる意味が解らない…」
「そうだな。この会話だけで解ってくれるようなら、今頃はもうとっくに、理解出来てる筈だしな」
「………………」

難しい顔をして考え込むハオを見ていて、理穏は思わず苦笑を溢す。
目の前の幼子と記憶の中の葉王のギャップがあり過ぎて、何だか面白くなってしまった。

「……今、笑ったね?」
「あ、ごめん。見た目は桜葉みたいなのに考えてるのが嫁の事なんだと思ったら、つい」
「…理桜の記憶を持つ別人って意外と厄介な存在だね。君は何を何処迄知ってるのかな?」
「え?あ〜………お前が思うよりは多くの事を知ってる…かな。つっても、理桜の見聞きした事限定だし、当時のあいつの感情次第で偏ってるとこもあるんだろーけどさ」
「そもそも記憶の共有なんてどうやって…」
「俺の場合は【夢】だな。あいつの記憶を夢で見て知るんだ。そんで、「こんな夢見たぞ」って冴凜に話すと関連する思い出話をしてくれて、それが事実確認になる」
「あぁ、なるほど」

納得出来たらしいハオは、呟くと炬燵の上に置いた両腕に額を乗せて、ゆっくりと長い溜め息を吐き出した。



 
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ