長い物語

□第三廻 幼子と少年
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「誰か居るのか……?」
「あ、ごめん俺が居る」
「っ!巫女姫様!?」
「あれ?分家頭じゃん。どーしたの?」

ハオが居なくなるのとほぼ同時に近付いて来たのは、手に懐中電灯を持った初老の男。
御調の七つある分家全てを管理している古参だ。
彼は照らした先に居る理穏を見ると即座に跪いて頭を下げる。

「ちょっ、やめてよ分家頭っ、俺にはそんなの要らないよっ!」
「いけません。貴方が我々の崇める巫女姫様である事には変わりありませんので」
「頑固だなぁ……」

理桜と理穏について、御調の分家の長達に報せた【事実】は、

【理桜が病で命を落とした為、その双子の兄である理穏がその役目を引き継ぐ】

と云う内容の【偽りの真実】である。
要らぬ混乱や諍いを起こさせぬ為に、麻倉 葉明と木乃夫妻が理桜(正確には理桜の身代りとなった理穏)を封印した事実は隠された。
なので、今跪いているこの男もそれが真実だと──つまり自分の跪いている相手が理穏だと思っている筈なのだ。
にも関わらず、彼は二人きりの時でも【偽りの巫女姫】を敬う事を厭わず、どころか理穏にも本気で敬意を示す。
それは理桜の方は元々本物の巫女姫なので慣れているだろうが、理穏としては少々居心地が悪い状況で……

「……それで、分家頭は何で此処に?」

理穏は話を変えようと軽い口調で問い掛けた。

「長様から地下洞窟の灯りが消えているとお聞きしたので、確認に参りました」
「あ、なるほどそっか。ありがとな」
「いえ。それもお役目なれば」

更に恭しく頭を下げる分家頭に、理穏は弱りきった顔で溜め息を吐く。

「取り敢えずさ…頭を上げてよ分家頭。そんで、もう戻ろう」
「戻るのですか?何かご用があったのでは…」
「もう済んだ。あと、灯りは今日は確認しなくていい。今の此処はちょっと危ないから、貴方もすぐに出た方がいいよ」
「……畏まりました」

不思議そうな表情をしながらも、分家頭は理穏に従う。
立ち上がって、共に出口に向かって歩き始めた。

「儀式の準備はどう?」
「…順調、でございます」
「そっか。明日の本番迄、色々大変だろうけどよろしく頼むね」
「…はい……」
「明日の儀式のお蔭で、御調はまた平穏な日々を送れるようになるんだ……──」

そう言いながら振り返った理穏は、隣を歩く分家頭の本当に申し訳無さそうな表情を見て、その先の言葉を飲み込んだ。
「だから自分を責める必要は無いよ」
そう言ったところで、彼は頷かないだろう。

分家頭は一族の中に密かに存在する、【貢犠者】を出す風習を無くしたがっている者達の筆頭だ。しかし、古い因習に囚われている一部の本家筋の人間に邪魔をされ、何も行動を起こせてはいない。
それを、彼は自分が不甲斐無い所為だと思っているらしい。

──うちの爺ちゃんと両親以外、本家の奴らはみんな堅物だからなぁ……

歴史と風習を重んじていると言えば聞こえは良いが、理穏からすれば彼らは、単に変化を認められない老害でしかない。
そんな本家の人間達に、分家頭が立場上の理由から逆らう事が出来ない事を、理穏は昔から少し憐れに思っていた。

「………………」
「巫女姫様…私から謝罪したい事があるのですが、よろしいですか?」

分家頭は黙り込んでしまった理穏を気遣ってか、唐突にそう切り出した。

「謝罪?」
「先程は孫達がご迷惑をお掛けしたようで、申し訳ありません」
「え?あ、あぁ。さっきのか。香雅のあれはいつもの事だし気にして無いよ。寧ろこっちも、穏便に済ませられなくてごめん。こんな日に孫が謹慎とか」
「いえ。前々から言い聞かせているにも関わらず懲りずにいるあれが悪いのです」
「まぁ、まだ子供なんだし仕方無いよ。それに俺、あいつの真っ向からケンカ売ってくるバカ正直なとこは嫌いじゃないし」
「そう言って頂けると救われます。私も、あのバカ孫も」
「貢犠の家に生まれた子供にしてはまともな方だと思うしさ、あいつ。このまま大事に育ててやんなよ」
「はい…ありがとうございます」

そこで丁度、二人は洞窟の出来入り口から外へ出た。
分家頭は立ち止まって理穏へ深々と頭を下げた後、儀式の準備へと戻って行く。
その背中を見送り、

「……さて、俺は冴凜にハオと会った事を報告してから戻るか」

理穏は面倒そうに呟いた。



 
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