長い物語
□第三廻 幼子と少年
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貢犠宗家の屋敷の真下。
其処にある社に、理桜が御神体と短刀を取りに行ったあの日。
暗闇を恐れて洞窟の入り口で動けなくなった理桜に代わり彼女の体を使って社に向かったのは、双子の兄である理穏だ。
御神体と短刀を見付けたのは社の中。
二本は並べて安置されていた。
祖父は恐らく、御神体そのものだと思って戻しに来たのだろう。しかし中の御神体は手付かずで置いてあり、だが御神体と短刀のデザイン自体は刃渡り以外同じだからと、一緒にしておいたようだ。
「おっし。任務完了したし帰るぞ」
──ありがと。ついでに、地上に出るまでお願いしても平気そう?
「この短刀があれば大丈夫なんじゃん?」
──それじゃぁ、お願いするね。
「はいよ」
軽く請け負って、御神体と短刀を手に社を離れる理穏。
しかし地上へと戻る為に通路を戻ろうとした彼の足は、数歩進んだ所で止まった。
──どうしたの?
「……誰か居る…っつーか、何か相当ヤバイ奴が居る気配が……」
──え?
「お前の存在を知られるとマズイかもしれない。少しの間、押し込めるぞ」
小さな声でそう言うと、理穏は理桜の反応を待たず彼女の意識を強制的に遮断した。
一呼吸置いて、気配の方へ一歩近付く。
「……其処に居るよな。お前は誰だ」
「あれ?気配は消してた筈なんだけど…流石は貢犠の巫女姫だね」
「あ?子供……?」
岩壁に響くのは、幼さ特有の高い声。
暗視術のお陰で良好な視界に姿を現したその人物は、思ったよりも随分と小さい。
星柄のマントを纏い、長い暗色の髪をふわりと靡かせて愛らしく小首を傾げる。
相手が子供だった事に一瞬呆けてしまった理穏だが、場所が場所なだけに逆に警戒心が沸き上がった。
「初めましてかな、貢犠の巫女姫。僕は未来王ハオ。シャーマンキングになる者だ」
「!!………はは…」
子供の名乗りを聞いた途端、理穏の口から短く笑いが溢れた。
ハオ……つまり【葉王】だ。
理桜と共有している記憶の中で、理穏は確かにその名前と姿を見知っている。
「お前が、理桜の昔の旦那か」
「……へぇ?僕を知っているんだ?今生の彼女の兄君に知って頂いているとは、光栄だよ」
「やっぱり解ってんだな、俺の事。俺が理桜本人じゃ無いってさ」
「そうだね……でも、君が僕を知っている事は予想外だった」
「は?お前、霊視があるだろ?」
「今の貢犠一族は優秀な狐に守られてるからね。残念ながら霊視は通用しないんだ」
「狐…冴凜って本当に優秀なのか……」
「冴凜は三千年を生きる神格だ。僕では敵わない事も多いよ?」
「………………」
──あのロリっ娘がねぇ……
やはり実感は沸かないな、とは思ったが、理穏はそれを口には出さないよう飲み込んだ。
この話より、もっと聞くべき事がある。
「ま、それはいいや。それよりお前が此処に居る理由を訊きたい。何しに来た?」
「君に僕の仲間になって欲しくてね。勧誘しに来たんだよ」
「俺を?」
「うん。一緒に来てくれないかな」
「やだ」
理穏の即答に、ハオの気配が少し冷たく鋭くなった。
「何故?」
「お前の所為で俺と理桜がどんだけ苦労してるか分かってる?」
「……理桜は、麻倉の手に掛かったんだろ?苦労も何も……」
「あぁ……そっか」
──こいつ、理桜が死んだと思ってるのか。
実際、理桜の身代りとなった理穏の体が受けているのは封印とは名ばかりの氷漬けだ。
あれの役割りはどちらかと言えば魂の束縛。肉体の生死に頓着してはいない。
そして封印を仕掛けた麻倉 葉明本人すら、氷の中に居る者が生きているとは思っていない節がある。
──それならそれで良いか…
理穏はそういう感じで話を展開するのも悪くないと考えた。
ハオには出来るだけ、理桜と関わって欲しくないのだから。