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□思い 溢れ 止め処なく
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「へ?マウンド?」
滅多にしないおれの自己主張、というか要求に、再び阿部くんの表情に疑問が浮かぶ。
やややばい。不審に思われちゃ、駄目 だ。
でも阿部くんの疑問の表情も一瞬だった。
何故今日に限っておれがそんな要求をするのか分からない、といった雰囲気はまだ残っていたが、まぁコイツにも気分によってってものがあるんだろ、といった感じで一応納得はしてくれたみたいだ。
いつもはおれの役割であるマウンド整備だけはまだしていなかったので、マウンドから投げること事態はまぁ、いい。と思う。
問題は、阿部くんにバレないようにおれがどれだけ上手くやれるか、だ。
「分かった。マウンドからな」
「じゃ、じゃあ、お願い します」
俺はキャップを目深に被り直すと、阿部くんにくるりと背を向ける。
背後に阿部くんの視線と、事態を伺う皆の視線。
おれと阿部くんの、グラウンドを横切るザッザッという足音。
う、うまくやらな きゃ。
緊張とプレッシャー。
おれが自分自身に課したものと、皆からのもの。両方。
マウンドに辿り着くと、足元を慣らしながらグローブとボールを握り締めて阿部くんの方を振り向く。
ホームベースの後方にしゃがみ込み、緩やかにおれに向かって構える阿部くん。
「な 投げる よ」
「おー」
10球限定の、この特別な日の、おれと阿部くんだけの特別な練習。
日頃の感謝を込めて、投げる、ぞ。
そしておれは構える前に、ミットと、そして阿部くんの目を意識的に見るように努める。
怖くても、目を逸らしちゃ、だめだ。
いや、おれが怖いのは、阿部くんじゃなくて、阿部くんを通して自信のない自分と向き合うことなのかも知れない。
おれのこの気持ちは、阿部くんに対する言葉にし切れない感謝と尊敬の気持ちは、決して怖がる対象なんかじゃない。
自分の気持ち に、自信、を持て。
おれが普段と違い、あまりにじいっと見詰めるものだから、阿部くんが再び怪訝な表情を浮かべる。
なんだ?投げないのか?
という顔。
そこでおれはようやく決心を固め、投球の構えをとった。
阿部くん、おれはいつもうじうじしてて、イライラさせてしまってごめんなさい。
こんなおれの球を、いつも受けてくれてありがとう。
阿部くんはこんなおれをいい投手だと言ってくれた。
投手としてじゃなくても、俺はお前が好きだと言ってくれた。