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□その瞬間
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その瞬間
パシャッ パシャッ
グラウンドに、俺の切るカメラのシャッターの音が鳴り響く。
いつも通り練習している、野球部員10名…のはずだが。
カメラを向けると目に見えて全身緊張する花井。
レンズを向けるとコソコソと逃げ出す三橋。
かと思うと、いきなりレンズの前に飛び出してくる田島。
あからさまにイライラする泉。
西浦高校野球部は、俺の構えるカメラの前に完全に浮き足立っていた。
「浜田!さっきからカシャカシャうっぜーよ!」
「なんだよ〜。ちゃんと監督にも許可もらってんだからいいじゃ〜ん。はいっ泉!こっち向いて笑って〜!」
「ぶん殴るぞ!」
マシーンバッティング中の泉がマジな顔してバット持って向かって来たので、俺は慌てて逃げ出した。
「てゆうかさ、浜田さん、練習中の写真撮りたいなんて、いきなりどうしたの?」
と、泉をなだめながら栄口。
「あり?監督から聞いてない?」
喋りながらもカメラを構える俺の前では、沖と巣山が思わず引きつった笑みを浮かべた。
「こらこら〜。お前ら表情が硬いぞ〜!」
カシャカシャとシャッターを切って泉と栄口に向き直る。
「俺さ、今お前らの試合見に来てくれるように皆に呼び掛けてんじゃん?でさ、野球あんま知らない女子とかにも興味持ってもらえるように、こうやって野球部の練習中の写真撮って、皆に見てもらおーってワケ」
ニッと笑ってカメラを向けた先には、マウンドに立つ三橋の真剣な顔。
投球中の三橋は、カメラも何もかも頭から消え去り、阿部のミットしか見えていない。
「…ふ〜ん。お前も色々考えてんだな」
「スゴイね。浜田さん、ありがとう」
ちょっと感心したらしい泉と栄口。
パシャリ
そんな力の抜けた2人の顔を、すかさず劇写。
「いやいや、こちらこそご協力感謝だよ」
それから部員達は徐々にカメラの存在になれ、リラックスしていつもの練習風景を見せてくれるようになった。
ランパス中の慌て顔。
バッティング中の真剣な顔。
ノック後のヘトヘトな顔。
俺は、自分がまるで一端の写真家にでもなっような気分だった。
練習終了後、水道でばしゃばしゃと顔を洗っている泉に近づく。
「よーっ。お疲れ!」
「おー」
「どーだった?俺のカメラマンっぷりは」
「・・・やっぱちょっとウザかった」
「・・・ははは」
「てゆうかさ、なんでデジカメの普及してる今日でそんなカメラなワケ?」
俺はバイト先の先輩から借りたボロボロの一眼レフを撫でた。
「なんつーかさ、デジカメだとハイテク過ぎて味気ないんだよね。その点このカメラだと、バシャッて勢いイイシャッター音響かせて、一瞬一瞬を切り取るみたいなカンジがいいんだ」
「ふーん。なんだその理由。変なの」
そう言って、泉がふと笑う。
その瞬間。
強い風が吹き、泉の艶めく黒髪を吹き散らした。
その一瞬が、俺にはまるでスローモーションみたいに見えたんだ。
パシャッ
気が付いたら、俺の手は素早く動いて泉の笑顔をカメラに収めていた。
風が収まった後、驚いた表情の泉と目が合った。
直後、泉の顔がみるみる内に赤くなる。
「おっ前、なにいきなり撮ってんだ!コノヤロー!」
「え〜。いいじゃん!泉いい笑顔だったぞ〜!」
拳を振り上げて追いかけてくる泉から、俺は笑いながら逃げ出した。
今このときしかない、輝く瞬間。
俺は、その一瞬を切り取る楽しさと喜びを知った。
さっきの写真は、誰にも見せずに俺だけのものにしておこう。
俺は先程の一瞬に思いを馳せながら、風と緑の中を思い切り駆けていった。
END