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□霧中夢中U
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春。

早いもので、肘のことを病院で宣告されてからもう1年以上。

俺は西浦高校の一年生として、正門をくぐった。

俺の、野球のない高校生活が始まる。






霧中夢中U





中学三年で部活を引退するまで、俺は肘を庇いながら騙し騙し野球を続けた。

あの日生徒用玄関の下駄箱の前で泉と交わした約束を、違えずに全うしたのだ。

高校では野球は辞めるつもりだということは、伝えないままで。

しかし、肘のことがなくても結局俺は野球を辞めることになっていたと思う。
以前リビングの前で立ち聞きしてしまった親父のリストラが、俺が中三の春に本決まりし、決して裕福ではない家のため俺はバイトをしなければいけなくなっていたのだった。

しかし、その話を両親から切り出された時、俺は生まれて初めて親に本気で頭を下げた。

中学までは野球をやらせて欲しいと。

そんな俺の姿を見て、お前には苦労させてすまないと、ポツリと呟いた親父。
涙ぐんでいたおふくろ。

高校に入ったら、バイトでもなんでもして絶対二人を助けようと心に決めた。

そんな親父とおふくろと、そして弟は、この春俺を残して親父の出身地である九州に引越していった。

俺は、生活費と学費の大半を自分でバイトして稼ぐことを条件に、一人埼玉に残ることを決めた。
両親に金銭面では決して負担をかけないことを条件に、アパートで一人暮らしをすることを許してもらったのだ。

俺の今までの16年の人生と野球についての思い出のあるこの地を、どうしても離れたくなかった。

例えもう野球ができなくとも。
全て諦めて野球のことを忘れ、家族と一緒に九州に引っ越してしまうことだけは、どうしてもできなかった。

高校を西浦に決めたのは学費が安かったからだが、西浦には硬式野球部はなかった。

野球のことを忘れたくないと思う反面、野球部が練習しているところなどを見て辛い気持ちになることはないということに、俺は矛盾しながらも心のどこかでほっとしていた。

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