とにかく冴えない女の子だった。だーれもわたしになんか気づかない、ほんとうに存在感のない女の子だった。自分のことを女の子と呼んでいいのか疑うくらいに、冴えない女の子、いや冴えない人間だった。だから地味に、平凡に、目立たないように生活していた。地味な見た目と卑屈な性格で約束されていた平凡、もしくはそれ以下の生活は、今日であっけなく手放さざるを得なくなってしまったのだ。 「こんばんは、ミスlast name」 「え?あ、あの、こんばんは」 談話室でわたしに声をかけてきたのは、ウィーズリーの双子のどっちかだった。もうみんなが寝静まった夜中で、いまがチャンスだと思い、やり残していたレポートを始めたところだったのだ。しまった、と思った頃にはもう手遅れで、えもいえぬ間に彼はわたしのとなりに座った。 「それ、魔法薬学?」 「え、ええ」 「提出はあした?」 「明後日だけど…」 「そうか、それは大変だ」 そう言うと、彼は黙ってわたしの手元をじっと見つめた。ど、どういうつもりなんだろうと考えて、字を間違えたり斜めになったりと、もうめちゃくちゃだ。わたしはこの二人が苦手だ。同じ寮とはいえどまるで違う。彼らを光とするならわたしは影だ、と思う。 「あの、僕がこわい?」 「え?」 「ごめん、怖がらせるつもりは」 バツが悪そうな顔で謝られたのが申し訳なくなって、わたしは必死に頭を振った。 「あ、あの、違うの。あ、あなたに名前を呼ばれるなんてびっくりしちゃって」 「名前を?僕が読んだのはラストネームさ。first nameって呼んでもいいかな?first name・last name」 「えっ!?あの、」 「俺が誰だか、わかる?」 「う、ウィーズリーくん」 「ジョージ」 そう言って、彼は立ち上がった。 「おやすみ、first name」 彼はわたしを動揺させる天才のようだ。ポカンとしているわたしの額にキスを落として、ひらひらと手を振って寝室に戻っていった。なんてことだ、額にキスだなんてまるでお姫様じゃないか。忘れよう、レポートに集中しなくちゃ。 寝室に戻って眠りについて、それからまぶしい朝の光に目をさます。昨日のことが夢のように感じられて、不思議な気分になった。どうやら寝坊したようで、いつもは朝食に行っている時間だった。慌てて着替えて下に降りると、大あくびをしているウィーズリーくんがいた。もしかして、夢の中で見たジョージ・ウィーズリー? 「どうしたんだ?そんなに慌てて」 「あの、寝坊しちゃって。ウィーズリーくんは、」 「ジョージだ」 「えっ」 「ジョージって呼んで」 やっぱり夢じゃなかったんだと気づくのに三秒。名前を呼ぶのに、十秒。 「……ジョージくん」 「もう一回」 「ジョージくん」 「もっと」 「ジョージくん」 恥ずかしくてどうにかなりそうだった。今まで話したこともないし、苦手だったはずなのに、ちっとも嫌じゃない。どうしてか、やっぱり夢みたいだ、と思ってしまう。 「うれしくて死にそう」 ジョージくんの真っ赤な顔と、向こう側で燃える暖炉と、あと、きっとわたしの赤い顔。 「ジョージくん」 その名前に、地味で平凡で退屈なわたしの日常は鮮やかな色を持った。目の前で笑う彼は眩しい。眩しくて、綺麗だった。 「first name」 ジョージくんはわたしの名前を呼んで、やさしく笑っていた。 Call my name ( さよなら、モノクロ ) |