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□Have a Longing
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「じゃあ江口君。留守番お願いね?」
「本当に、俺が行かなくて良いんけ?津山さん?」
「だって…江口君に任せると、部費使い込んじゃうでしょ?」
「うっ……」
 一瞬、彼女の背後に黒いモノが見えた江口はたじろいでしまう。
 仕方なしに、今回は部室で大人しく留守番をしておく事にしたのだった。

「あーあ、暇だなぁ……」
 部員が買い出しに行ってしまい、独り江口は大きくうなだれる。
 ふと窓の外を眺めると、野球部が試合をしているのが見えた。
 今日に限って、残りの湘爆四人組は部室にやって来ない。
 いつもなら、決まった時間にやって来るのに。

「アイツら…何やってんだべか…」
 フウ、と溜息を吐き、江口は編み棒に手を伸ばした。






 暖かい日差しが差し込み、江口の全身を包む。
 暖かいと同時に、睡魔にも襲われそうだった。
「「えーぐちさん!!」」
 部室のドアが音を立てて開き、静かだった空間が一瞬にして賑やかになる。
 江口がパッと振り向くと、そこには桜井と原沢の姿があった。
「おお!サクライにハラサー!!ちょうど良い所に!!」
「あ、スンマセン江口さん。来た早々悪いんスけど…今日は先に帰らせてもらいますわ。」
 申し訳なさそうに言う桜井。
 だが、江口はそれを聞いた途端にピクリと眉をひそめた。

「何でよ〜?今日も走りに行くべーよ?」
「いやぁ…行きたいのはやまやまなんスけど、最近配達サボってたっスから……」
「俺はこの後、家の手伝いが入ってるんスよ。」
「むう……」
 二人とも、冗談を言っている風ではなさそうだ。
 ここで何度せがんでも、無謀だと江口は悟った。
「マルとアキラは?」
「マルはムキタからの逃亡成功で帰宅、アキラは逃亡失敗で廊下で正座してたっス。」
「そ、そーか。」
「じゃ、江口さん。お先に失礼します。」
「おうよ。」
 桜井と原沢が部室を去っていくと、また静かになってしまう。
 部員がおらず、いくら好き勝手にできる時間があっても、話す相手がいなければつまらない。
 江口は編みかけの作品を放り投げ、机に突っ伏したのだった。



 ◆ ◆ ◆



「失礼しまーす…っと、あれ?」
 廊下に座らされていたアキラが、手芸部部室にやってきたのも束の間。
 あまりの静けさに、思わず首を傾げた。
「江口さん達、いねーのかな……」
 キョロキョロと辺りを見回して見るも、人の気配を全くさせず声も聞こえない。
 おかしいなと思いつつ、アキラはペタペタと足音をさせながら部室内に入った。
「ん?」
 アキラが視線を奥の方へやると、一つの人影を見つける。
 机に突っ伏しているガッシリした体に、ゆらゆら揺れる紫色のトサカ。
 紛れもなく江口の姿だった。

「何スか、江口さん。いるなら返事してくれたって……」
 良いじゃないスか、と言おうとしたのも束の間。
 江口の小さな寝息が耳に入り、彼が寝ていることに気がついた。
「何だ、寝てんのか……」
 ちぇ、とつまらなそうに肩を竦め、アキラは江口と向かい合わせの席に腰掛ける。
 そして小さく溜息を吐いた。
「つまんねーっスよぉ、江口さーん。起きてくださいよー?」
 ポンポンと肩を叩いてみるも、全く反応がない。
 どうやら、本格的に眠ってしまっているようだ。

「ま、いっか……」
 アキラはやれやれと小さく息を吐き、背もたれに体を預けた。
「……それにしても、何で江口さん以外は誰もいねーんだ?」
 事情を知らないアキラにとって、そこが一番の疑問点だった。
 普段なら、手芸部部員の可愛らしい声が響き渡っているはずなのに。
「ん……」
 江口の声と身を捩る音に、アキラはピンと耳を傾ける。
 パッと振り向くと、江口が眠たそうに目を擦りもぞもぞ動きながら体を起こしていた。
「あ、江口さん起きました?」
「おー…アキラかぁ……」
 大きく伸びをし、くあ、と大きなアクビをひとつ。
 江口は肩の関節をコキコキ鳴らしながら、思い出したかの様にアキラに尋ねた。


「そういや…サクライとハラサーから聞いたべ。おめー、ムキタから逃げそびれたんだってな?」
「マルと逃げてたんスけどね…気がつけば、俺が囮役になってて。全くツイてないっスよ、説教されるわ正座させられるわで。」
「ほお〜、さすがの俺でも正座はちとキツいべな。」
「江口さんは、いつも重石付きですもんねぇ。」
 自分達よりハンパない、江口の罰を思い出しながらアキラは苦笑する。

「ったく、ちーっとは手加減してほしいくらいだべ。」
 重い溜息を吐き、江口は大きくうなだれる。
 そしてアキラにチラリと視線だけを向けた。
「なあ、アキラ。」
「何スか?」
「頼みがあんだけどよ。」
「…!!」
 滅多に口にしない、江口からの頼み事。
 彼の真剣な表情からして、どうやら冗談ではなさそうだった。
「お、俺で良ければ何でも!」
「そーか?」
 アキラは期待に目を光らせる。
 だが、次の言葉を聞いた瞬間、呆気に取らさせる事になる。


「……慰めて?」
「へ?」
 江口の言葉に、思考回路がついていかず混乱していると、突然腕をグイッと引っ張られる。
 そして一気に視界が真っ暗になった。
「?!」
 唇に触れる暖かい感触。
 アキラはようやく、自分がキスをされている事に気がついた。
「っん…!」
 身を捩り抵抗を試みるも、力の差は歴然でビクともしない。
 その間にも、江口は事を先に進めようとしていた。
 江口は何度も角度を変えては深く、だが甘く唇を重ねる。
 まるで貪るように、アキラを捉えて離さなかった。

「江口さ…っ!や、止め…!」
 本気で抵抗をし始めたアキラに、江口はムッと顔をしかめる。
 そして一旦唇を離すと、見据える様にアキラに視線を向けた。
「何でよ?慰めてって言ったべ?」
「お、俺は男っスよ?!」
「知ってる。」
「なら、何でこんな事…!!」
「………」

 江口は口を紡ぎ、さらにジロリとアキラを見据える。
 彼のその冷たい表情にアキラはたじろいだが、負けじと睨み返した。
「そんなに理由が欲しいんか?アキラ。」
 アキラから顔を逸らし、ポツリと呟くように江口が口を開く。
「え、そりゃあまあ……」
「なら、教えてやんよ。」
 言って、江口は耳を貸すように手招きをする。
 アキラは何の躊躇いもなく、江口の側に寄った。



「おめーだから…俺ぁ、おめーが好きだから……」



 身がとろけそうなほどの甘い言葉に、アキラは一瞬でボッと顔が赤くなる。
 彼からこんな言葉が出るとは思わなかったのだろう、アキラは金魚のように口をパクパクさせていた。
「おお、耳まで真っ赤だべ?アキラ。」
「〜っ!冗談は止めてくださいっ!もう俺、先に帰りますからっ!!」
 アキラは勢いよく立ち上がり、カバンを鷲掴みにする。
 そして、逃げるようにバタバタと足音を立てて走り去っていった。
「逃げ足早えな、アキラはよぉ。」
 クックッと笑いながら、江口はアキラが去っていった後を眺める。




「まあ、冗談じゃねーんだけどな……」
 江口の静かな声は、風の音だけが聞いていた――

 2008/01/23


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