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□逃げろ
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 絶体絶命なんて言葉、使うことはないだろうと思っていた。
 天下無敵の、あの湘爆だから――

 今日に限って、超が付くほどコンディションが悪かった。
 いつもの馬力も出ず、体にも拳にも力が入らなかったのだ。
(いつもなら、こんな雑魚なんざ…ちっとヤベェな……)
 江口が隣に視線を向けると、そこにはアキラの姿が。
 彼のコンディションを悟ったのか、江口を庇い全ての攻撃を受け、もう既にボロボロに。
 肩で息をし、いつ倒れてもおかしくない状態だった。
「悪ィ、アキラ…俺がこんな状態なばっかりによ……」
「へへ…俺なら大丈夫っスよ……」
 はにかむ姿さえ、痛々しい。
 体は言うことをきかないはずなのに、こうまでなっても江口を庇おうとする。
 そんな彼の姿に、江口は心を打たれた。

「ったく…てめェら、暴れすぎだぜ?」
「このままですむと思うなよ……」
 言って、男達が取り出したのは刃渡り15〜20cmはあるナイフ。
 一人だけならまだしも、何十人もいるのだから、さすがの江口らも少しだけ血の気が引いた。


「「ブッ殺してやらあぁ!!」」


 男達の声が合図となり、一斉に江口達に攻め寄る。
 もちろん、彼らもただでやられるわけにはいかない。
 江口は、思うように動かない体を無理に震わせ。
 アキラは動かない体に鞭を打ち、迫り来る奴らを殴り飛ばしていった。
「石川ぁ!覚悟しやがれ!!」
「!?」
 アキラがハッと振り返った瞬間、すぐ後ろには二本のナイフを構えた男が。
「アキラぁ!!」

 それはほんの一瞬だった。
 避けきれない、もうダメだと覚悟した時に目の前が真っ暗になった。
 そして、気が付けば自分に抱きつくように、江口の体がズッシリとのし掛かっていた。
「え…江口さん…?」
 自分の体にのし掛かっている江口は、大きく肩で息をしていた。
 辺りでは、男達のせせら笑う声が響き渡る。だが、そんな声もアキラの耳には入らなかった。
「ア、アキラ…逃げろ……」
「何言ってんスか!江口さんを置いて行けるわけが…!」
 そこで、アキラはハッとする。
 よくよく見てみると、彼の横腹には深々とナイフが刺さっていたのだ。
 傷口からは、止まることを知らないかのように、血が流れていた。

「江口さん!ナイフが…!」
「いいから…っ…俺に構わず逃げろおぉ!!」
 ギリ、と拳を握りしめ、江口は声を荒げる。
 その声に、誰もがビクリと肩を竦めた。
 だが、アキラは首を横に振り、江口の側を離れようとしない。
「嫌っスよ!そんなバカな真似、俺には…!」
「……俺の言う事、聞こえねェんか…?ここから逃げろって言ったべ?!おぉ?!」
「そんな…江口さん…っ!」
 今の江口は、普段の彼ではなかった。
 まるで違う者を見るかのように、敵意を剥き出しにしていたのだ。
「逃げねェなら…ブッ殺してでも逃げる気にさせてやんよ…!アキラぁ!!」
「…っ…!」
 ギラギラと鈍く光る彼の目は、嘘を付かず。
 たまらず、アキラは溢れそうになる涙を抑えながら、江口を残しその場から逃げ出したのだった。


「格好良いことすんじゃねェのよ、江口?」
 沈黙を破ったのは、リーダー格の男。
 ニヤニヤと笑みを浮かべ、器用にナイフをクルクルと回していた。
「うるせェよ……」
 横腹を押さえ、江口はゆらりと立ち上がる。



 こんなかすり傷

 アキラが受けた傷より浅すぎる

 コンディションが悪いなんざ

 只の言い訳にしか聞こえねェ

 渋る体に鞭打って

 このケリは俺自身がつけてやろうじゃねェか

 例え俺が戻らなくても

 決して追いかけてくるんじゃねェぞ――!


「湘南爆走族 二代目頭ァ!江口 洋助ェ!!テメェらまとめて、この俺様が相手してやんべえぜ…!――かかってこいやぁ!!」

2008/3/20


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