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□忠犬
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 湘南爆走族二代目・親衛隊長、石川 晃。
 通称、弾丸小僧とも言われ、一度アツくなると手をつけられなくなる、少々短気な男。
 だがそんな彼も、ある男の前では忠犬のように豹変してしまうのだった。

「失礼しまーすっ!」
 手芸部部室の扉を勢いよく開け、入ってきたのはアキラ。
 それに気づいた江口を含め、部員達は一斉にそちらに振り向いた。
「おう、アキラ。民さんならいねえべ?」
「え、マジスか?」
「津山さんと野暮用だとよ。」
「んじゃあ…ここで待たせてもらうっス。」
 言って、アキラは黙々と作品を編んでいる江口の隣に腰掛けた。

「江口さん、よくこんな細かいの…器用にできますね?」
「バカおめぇ、俺ぁ手芸のえっちゃんとも呼ばれる男なんだべ?このくらい、朝飯前よ。」
「俺には到底、真似できねーっスよ……」
 忙しなく動く江口の指を見ながら、アキラは顔をしかめる。
 そんな彼に、江口は小さく笑みを浮かべた。
「そうだ。」
「江口さん、どうかしたんスか?」
「おうよ、ちょっくら息抜きにジュースでも買って来んべえよ。」
「………」
 編み掛けの作品を机の上に置き、江口は立ち上がると大きく背伸びをする。
 そして肩をコキコキ鳴らしながら、さあ行こうとしたのも束の間。


「江口さん!!」


 突然、耳を突き破りそうなアキラの大きな声を上げる。
 当然誰もがビクッ!と肩を竦めたが、一番驚いていたのは江口だった。
「な…何だべ?」
 ドキドキする心臓を押さえながら、江口はアキラに尋ねる。
「そのくらい、俺が行ってくるっスよ!どうせ暇してますから!」
「な、なら、コーラ頼んべえ。」
「了解っス!」
「おう…って、ちょっと待っ…!」
 江口がまだ何かを言いかけていたが、アキラはそのまま勢いよく走り去っていく。
 実はジュース代を渡そうとしていた江口だった。

「アイツ…人の話は最後まで聞くモンだよえ……」
 言って、江口はガシガシと頭を掻きながら溜め息混じりに呟いた。
「何か、石川先輩って部長の忠犬みたいですね。」
 アキラが教室を飛び出した後、部員の一人が笑みを浮かべながら江口に言う。
「チュウケン?」
「飼い主に忠実な…真心込めてよく努める犬のことですよ。」
「犬……」
 ふと、江口はアキラの行動を思い出してみた――



 何か頼めば、目をキラキラさせる。

 からかってやれば拗ねるけれど、どこか本心じゃなさそうで。

 話をする度に、ブンブンと勢いよく振る尻尾が見えてきそうだった。



「あー…確かに、そうかもしんねーべな。」
 くつくつと笑い、江口は窓の外を眺める。
 下では自動販売機でジュースを買っているアキラの姿があった。
(忠犬ハチ公ってか?)
 他の部員の分も買ったのだろうか。
 両手いっぱいのジュースを抱えたアキラを見ながら、江口は笑みを浮かべる。
 帰ってきたアキラの頭を、めいいっぱい撫でてやったらどういう反応をするのか。
 江口は密かに試してみようと思ったのだった。

 2008/03/16


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