赤
□Episode3
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捕らえた男たちの身柄を城の近衛兵たちに預け、もう一度外出をすると言うゼンに連れられて私も外へ出かけることになった。もちろんミツくんと木々ちゃんも一緒だ。この三人は暇さえあれば城の外へ繰り出し、城下の人々の様子を見て回ったり森で遊びまわったりしているらしい。
「おまえはあの森に良い印象はないだろうが、あそこには俺たちが外出するときに根城にしている空き家があるんだ。街道から外れたところにあるものでな。きっとケイも気にいるぞ」
そう言って連れてこられた建物はそこそこ大きなもので、立派なことに家の周りをぐるりと石垣が囲んでいた。秘密の隠れ家みたいだ。王子が利用しているのだからまさにそうなんだろうけど。
呆けた顔で家を見ている私の数歩先で、ゼンとミツくんが馬小屋があればなーなんて話をしている。こんなところに馬で来るのはゼンたちくらいだろうけどなぁと思いつつ木々ちゃんのほうを見やると、同じことを考えていたのか目が合うと同時にため息をついていた。
「でッ」
「ゼン!?」
ドカーっという音と共にゼンのうめき声が聞こえてきた。すぐさま追いかけるミツくんに続いて木々ちゃんもゼンを追いかけて行った。私はゼンが飛び越え損ねたらしい石垣の上に乗り、下の様子を見下ろした。するとそこには腕を押さえてしゃがみこむゼンと、彼を避けるように身を引いて縮こまっている人影がある。その顔は深く被ったフードで見えない。
「ああ!大丈夫かゼン!?手首捻った!?頭打ってないか!?1+1は!?」
「2…あれっおまえ誰だっけ?」
「!!ミツヒデだよ!」
と、何やらコントをしている。ゼンが平気そうで一安心だ。ゼンの無事を確認したら、次に気になるのは隅にいる人影。服装からして女の子だ。
「…で、おまえはほんとに誰?こんな森の奥で一体何を?」
「いや私は…その、家出中の身で、ただ人通りのない道を…」
次の瞬間、ゼンは鞘に納めたままの剣先で彼女のフードを外した。
「!!」
「あ」
「…赤い、髪…」
その場にいる全員が息を呑んだのがわかった。そこにあったのは瑞々しい林檎のような艶やかな赤。しかしその明るさとは対照的に、彼女の緑の瞳は戸惑いの色を浮かべていた。
「……変わった髪を持ってるな?」
「そうですね、よく言われます。そ、それより、あなたさっき落ちて右手を痛めたんじゃ?」
「…それが何だ」
しまった、と言いたげなその少女は慌てて話題を逸らすことにしたようだ。しかし、苦笑する彼女に対してゼンはまだ警戒を解いていないのがわかる。
「私、薬剤師の仕事をしてて…湿布薬とか持ってるのでよければどうぞ」
そう言って懐からゴソっと何かを取り出す。それを見たゼンは次の言葉を紡いだ。
「薬?ふーん、いらない」
少女の顔が強張る。
「毒かもわからんものをいきなり出されて使えるか!森の小人じゃあるまいし、他人をあっさり信用はできん。つまり用は無い」
ただでさえ王子という立場だし、つい先ほどまで毒矢で狙われていた身だ。警戒するのも無理はないか。
「わかったらもう行け」
剣を少女に向けたままそう言うゼンは、傍から見ているとなんとなく悲しくなってくる。私も他人は信用しないたちだが、ゼンの場合は信用したくてもできないという感じがした。
少しの間無言でゼンを見つめた彼女は自分に向けられた剣先をその手で掴み、勢いよくもう片方の腕にぶつけた。それを見たゼンは驚いた顔をしていたが、当の本人は痛みに震えているようだった。何やってるんだろう。ちょっと面白い子だ。
そして彼女は先程ゼンに差し出した薬で今しがた痛めた自身の腕を治療した。
「あいにくと、毒を持ち歩く趣味はないよ」
一同は呆気にとられた。なるほど。負けん気の強い女の子だ。
「あっはははははは、してやられたなー、ゼン」
盛大に笑うミツくん。よく見たらゼンもうずくまって笑いを堪えているようだった。
「ハー・・・そりゃ悪かった。よろしくたのむ。そもそも俺の着地失敗は、半分はおまえのせいだったな。責任もって痛みが引くまで面倒をみてくれるんだよな?」
そう言って少女の肩に手を置き、笑顔になるゼン。正面の彼女は、先程とは異なる戸惑いを浮かべるのだった。