安土城
□味音痴
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俺が体調を崩して寝込んだ日から、紅はことあるごとに俺の元に料理を運んでくるようになった
「失礼します、光秀さん」
「またお前か」
「また私です…、ご迷惑でしたか?」
「いや」
迷惑だとしたらこんな非力な娘、力ずくで拒むことなど容易い、しかし それをしないのは俺がこの娘が来ることを待っているからなんだと自分をあざ笑う
いつからこんなにも、この娘に甘くなったのか
「今日はこんな感じのものを持ってきました」
目の前に出される料理はどれも綺麗に盛り付けされている
いつもなら食事の時間を短縮するために様々な品を一つに混ぜ一度に食べている
政宗にはもっと味わって食え、や 作った甲斐がない、などと言われるが、美味いもの同士を混ぜているのだから美味いに決まってる、まぁ 俺にはあまり優れた味覚が備わっていないようで美味い美味くないの区別ができないわけだが
しかし、最近は違う
紅が作るものはどの料理もそれぞれ違う味がして、それぞれに表情がある
まるで、俺にからかわれてころころと百面相する紅のように
たぶん、これが「美味い」というものなのだろう
「今日の料理も美味いな」
「ありがとうございます!
光秀さんに美味しいって言ってもらえると、すごく嬉しいです」
「何を入れている」
「そんな怪しいものは、何も入れてません!…けど、」
「けど、なんだ?」
紅はうつむき、何かを考えるようにして思い切ったような顔をして言った
「…愛情、なら たくさん入れているつもりです」
泣き出しそうなくらい、顔を真っ赤にしてそう言う紅の顔に息がつまった
なんでそんな顔をする、美味いと褒めたら大輪の花が咲くような笑みを浮かべ、たまに不安そうな顔をしたかと思えば、こんなふうにどうしようもなく胸をかき乱す表情をしてみせる
料理なんて、どれも同じだと思っていた
味なんてどうでもいい、この体を動かすために食事によって補給する、ただの手段
女も同じ、価値があれば利用する
わがままでうるさく、手懐けるのが難しい、面倒な存在
それなのに、紅だけは別だ
その笑みを見るのがひどく心地よく、不安に顔を歪めれば仕事も手につかないほど気にかかり、能天気な表情には彼女の考えてることが全て書いてあるかと思えば、たまにお前がわからなくもなる、そんなお前の全てをわかりたいと思ってしまう俺がいる
たまにこうして運ばれる料理も、紅の作ったものだけが俺に「美味い」と感じさせる
本当に、俺はどうしてしまったのだろうか
熱にうなされたあの日からずっと、この体の中にくすぶる熱はさめるどころか、一層 燃え上がっているのだ
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