安土城
□味音痴
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最後に、こんなにも体調を崩したのはいつだっただろうか
多少の怠さや、体の不調はさして仕事にも影響は出ないから知らぬふりをしてきたが、ここまで身体が鉛のように重く、頭を撃ち抜かれたのではと錯覚するほどの痛みに襲われるのは、どんなに記憶を辿っても思い出せない
「失礼します、光秀さん」
「…紅か」
部屋の襖を開け、湯気のたつ器を盆に乗せて入ってくる紅に視線を向けようにも体があまり言うことをきかない
今、襲われたらどんなに無能な奴にでも確実に殺されるな、と彼女がきいたら「そんな物騒なこと言わないでください」と言われるのが目に浮かぶことが頭をよぎる
この娘にあまり弱っているところを見せまいと、軋む体に鞭を打ち褥から上体を起こそうと試みる
「ちょっ、光秀さん! 無理しないでください!」
血相を変えて急いで盆を置き、慌てて俺の体を支える紅
まさかお前にこのように世話を焼かれるときが来るとは、微塵も想定していなかった
「お前は仕事があるんじゃないのか?」
彼女が一刻も早くこの部屋から去るように、もっともらしいことを言ってみる
これ以上、一時たりともこんな無様な姿をこの娘に見せたくないと思ったからだ
「お仕事は、少しだけお休みをいただいています
そんなふうに私を遠ざけようとしないでください…
どうか、私に 貴方の看病をさせてくれませんか?」
この、一見 能天気で、平和ぼけしている娘だがたまに驚くほど鋭く、核心をついてくるときがある
普段は何もわからず、からかわれているかと思えば、こんなときはやけに俺の言葉の裏を読むのが上手い
「別に、俺はお前に看病される必要があるほど重症ではないが?」
「光秀さんはもっと正直になるべきです!こんなときくらい…人に頼ってもいいんですよ?」
なぜお前がそんな顔をする?
つとめて辛くない振りをしている俺よりも、お前の方がずっと苦しそうな顔をしている
「…好きにするといい」
「! はい! ありがとうございます!」
かと思えば、俺の一言で花が咲いたようにぱっと笑みを浮かべる紅
仕方ない、この娘に看病でもされてやるか、などと考えるほどには疲弊している、そうだ普段ならこんなことは考えない今日は体調が優れないからだ…と言い聞かせた
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