other

□気まぐれなさよならを
1ページ/1ページ

「ボンソワール」


いつからだろう?

彼がふらりと、私の所にやって来るようになったのは。



「ミズキ、ザッハトルテ買ってきたから一緒に食べようよ」

「ありがとう。嬉しいわ!紅茶淹れるから中へどうぞ。アッシュ」

「オジャマするネ!」



亜麻色の髪。

青い瞳。

あどけさが残る少女みたいな顔。

スレンダーな体型はモデルのようで。彼がこれで格闘技をしているなんて嘘のようだ。

だけど、私たちが出逢ったのが挌闘場なんだから、嘘ではない。

私も大の格闘好きで、少しは武道の心得があるけれど、アッシュのように大会に出るほどじゃない。



「ミズキ、ボクも手伝うよ」

「じゃあ、ティーポット温めてくれる?」

「うん」

アッシュがキッチンの私の隣に立つ。

彼は案外背が高い。私が小さいのもあるけれど、目線がかなり上だ。

「紅茶はダージリンでいい?アッシュ」

「うん。いいよ」

睫毛が長い。女の子みたいだ。

「なぁに?ボクの顔に何かついてる?」

「あ、その、アッシュって若いなって、思って…」

実際アッシュは私より年下だ。

「イヤだな、子供扱いは。それに、東洋人のミズキの方がもっと若く見えるよ」

「そういえば、お酒飲む時はだいたいID提示求められるのよね…いやになっちゃう」

「でも、ミズキってさ、時々すごく女っぽい表情するんだよネ。知ってた?」

「そうだった…?」

アッシュがシンクに両手をついて、シンクと彼の胸の間に私を閉じ込める。

「アッシュ…?」

形の良い唇が下りて来て、触れるようなキスをされる。

「…っ」

鼓動がドキドキ早く鳴り出して、それを顔に出さないようにつとめるけれど。

アッシュが青い瞳を細めて、見透かされているかも知れないと思い恥ずかしくなる。



「デザートの前に、ミズキが食べたいな」

それは、まるで、お菓子が欲しいと言うような口振り。

それでも、私は、それを受け入れてしまうのだろう。





いつからだろう?

当たり前のように、キスされて。

いつしか、アッシュに抱かれるようになったのは。



アッシュに好きだと言われたわけでも、付き合おうと言われたわけでもないのに。

実際私たちの関係は、友達みたいなもので。

アッシュにして見れば、戯れのようなものかも知れない。

私だって、年下の男の子に本気でのぼせ上がることなんてしたくない。






その夜を最後に、アッシュが此処に来ることはなくなった。

他に興味を引く物を見つけたのかも知れない。

アッシュは気まぐれで、新しい物や珍しい物が好きだから。







それから、しばらく経った頃。

サウスタウンで、一度、アッシュが女の子と一緒にいるのを見掛けた。

胸に鋭い痛みを感じると同時に、ほんの少しほっとしたのは、アッシュに、ずっと振り回されないで済むからなのだろうか。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ