小説

□あの子を愛する為だけに
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たった一人の兄がどうしようもない馬鹿なのは知っていた。
目の前でその馬鹿はセーラー服と、上から長いコートを羽織っていた。
女装の上にコスプレ。
しかもその格好で何をしていたのかというと、援交だった。
「JKかお前は」
「成人済の男性ですが」
「その自覚があるのなら何してるんだお前は」
「珍しく怒ってんねカラ松〜。お前俺にだけ当たりキツイよね」
へらへらと笑う顔に苛立ちが増す。
この馬鹿に真正面から殴れるのは俺だけだと思っている。
「もうこんなことするな。自分を大事にしろ」
「俺は俺の為にやってんだけど。ヤれるしお金も貰えてラッキーじゃん」
「モラルの問題だ」
「チョロ松みたいなこと言うなよ。てかお前に関係なくない?自分のことくらい自分で決めるって。だからほっといて。あ、あいつらには内緒な」
公の場で堂々と話せる内容ではないのでここは路地裏だ。
おそ松が見知らぬおっさんとしようとしていたのもこの路地裏だった。
「頼むからもうやめてくれ。お前の為じゃなく、俺が嫌なんだ」
「へえ、嫌なの。なんで?」
にやりと意地の悪そうな顔でおそ松が笑う。
「それは…よく分からないけど何となく嫌なんだ」
「なんだよそれ〜。な〜んで嫌なのかなあカラ松くん」
長男のくせに甘えたがりの愛されたがり。
それがもしかしてこんな形で体現されているんだろうか。
「自分のことも分からないのお前」
馬鹿にしているような言い方だった。
さっきから無性にイライラする。
自分でも不思議なくらいに、面白くない。
「お前は金が欲しいのか」
「そうだよ。金貰えて気持ち良くて一石二鳥じゃん。俺あったまいい〜」
殴りたい衝動を抑えておそ松を睨み付ける。
「こわ…なんでそんなに怒るの」
「いくらだ」
「は?」
「俺がお前を買ってやる。だから二度とこんなことするな」
「何言ってんのカラ松…頭大丈夫?」
「本気で言ってる。20万でどうだ」
壁に手を付いてずい、とおそ松に顔を近付ける。
「まじで…20万…?でもそんな金あるの」
「ない。だから作る。必ずお前にやる。だからおっさんと寝るな、俺とだけにしろ」
「カラ松う、俺なんでもする!…って、なに、お前とヤればいいの?さすがにお兄ちゃんも弟とするのはちょっと…」
「20万」と耳元で囁けば「あっ…好きにしてください」と馬鹿長男はコートを脱いだ。
「なあ、なぜ俺は今お前を犯そうとしてるんだ」
「はあ?こっちが聞きたいわ。まあ俺は金の為だけど。カラ松って俺のこと好きなんじゃないの」
「それは…ないだろ。この俺が?おそ松なんかを?好き?」
「なんかってなんだよなんかって。どっちでもいいよ、もう。するんなら早くすれば」
すると言っても初めてが路地裏なのはなんだか悲しい。
よくこんな所でそういうことができるものだ。
「…やっぱりしない。第一俺は今ここでしようとは言ってない。その代わり約束しろ。指切りげんまん…いや、誓いのキスだ」
「いたたたたた!誓いのキスとか!結婚でもする気?やっぱりお前は面白くて良いよなあ」
腹を抱えて目の前のおそ松は笑う。
「キスしたらもう後戻りできないけど良いの?俺達はそういう関係になる。弟巻き込むつもりなんてなかったんだけどな」
「どうせ寂しかったんだろうお前」
「自分は分かってるとか思うなよバーカ」
「金に釣られて股を開く奴に言われたくないな、この馬鹿兄貴」
「あんだとクソ松のくせに」
「クソ松なのはお前も同じだろう。どうするんだ?誓うのか誓わないのか」
ムスッとした表情のおそ松が、俺の肩に手を置く。
謎の緊張感で鼓動が速まる。
「…目つむって」
「嫌だ」
「なんでだよしづらいだろ!」
「お前の顔が見たい」
「バッカじゃねえの」
そう言って少し頬を赤らめた。
照れてるんだろうか、ひょっとしたら可愛いかもしれない。
そんなことを考えていたらおそ松の顔が目の前にあってお互いの唇が触れ合い、取り引きは成立した。
「…これでもう戻れないからな。一緒に堕ちてね、カラ松」
にやりと悪魔のように微笑まれる。
さっきの可愛さはどこへやら。
「どこまでだって付いていく」
そう答えて兄を抱き寄せた。
「やっぱり馬鹿だね、お前」
耳元の声は先程のものとは違って優しげだった。
おそ松が俺の背に両腕を回す。
くっついた体から感じる体温がいとおしかった。
「お前が変なおっさんに抱かれない為なら、何にだってなってやるさ」
金で実の兄を買う馬鹿にでもなってやる。
「あっそ」と笑うおそ松はどこか楽しげだった。
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