現パロ才蔵

□追憶の団子
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「じゃあ、次営業二課。」

「はい、営業二課です。達成率は102%、今月初めに見込みにしていた案件に加えて来月の見込み案件が早まりまして───」


月末に行われる営業部の成果報告のミーティング。
会議室に営業部全員が集まり、今月の報告と来月に向けての方策を話し合うものだ。
勿論、私達Webマーケティングチームも営業部内のチームである為、参加義務が有る。
普段のミーティングは私と山田先輩二人での参加だったり私だけが参加したりしているが、今日は珍しく三人揃って会議に出席していた。



「ふぁ〜……」


そんな全員が集まる緊張感の有る会議の中で、私の隣からなんとも締りの無い欠伸の音が聞こえてくる。



「やっ、山田先輩……っ! 聞こえますよ」

「んー。眠くなってきた……弥彦ちゃん、順番来たら教えて〜」

「ダメですよっ! ちゃんと聞いてて下さい! 」



私は声を押し殺しながら、隣で今にも閉じそうな瞼を擦る山田先輩を揺り起こした。
毎回会議中はこんな感じで山田先輩は私に全て任せて居眠りをしようとする。
前回の会議なんか、しっかりすっかり眠りこけてしまった山田先輩のとんでもない鼾が会議室に響き大顰蹙を買ってしまったのだ。

傍若無人の問題児、山田先輩に直接注意出来ないフラストレーションは、当たり前のように私への冷たい視線として投げかけられる。
前回も必死に山田先輩を起こしたものの、結局山田先輩自身は何一つ会議の内容など聞いてはおらず、チームの目標値すら忘れていると言う具合だった。



「ほら! 今日は山田先輩がチームの成果報告するんですよね? 寝てるより、キリッと立ち上がって発表した方が断然カッコイイですよ」

「……ん、カッコイイ? 本当に? じゃあ、起きてるわ!」

「……はい……お願いします……。」



毎回毎回、この先輩の言動には振り回されてばかりだ。
最初こそ腹立たしい気持ちにもなったけれど、最近はもうすっかり諦めの境地に達していた。



((……取り敢えず褒めて煽てておけば、それなりに扱える事も分かってきたし……後は我慢するしか無いかも……))



私の隣の席で引く位のキメ顔で胸を張って背筋を伸ばした山田先輩に、気付かれないように小さく息を吐く。

兎に角問題児の山田先輩だったけれど、唯一の救いは思いの外、彼が穏やかな性格をしていると言う事だった。
入社当初は、山田先輩を注意した上司や先輩が尽く左遷や退社に追い込まれたと聞いていた為、怒らせないように細心の注意を払っていたけれど、ここ数ヶ月で一度も山田先輩が誰に対しても理不尽に臍を曲げたり、不機嫌になった所を見たことが無かった。



((……思考回路が子供なだけで、そこまで悪い人じゃないんだろうけど……))



そんな事を考えていると、山田先輩の隣からカタッと椅子が引かれる音がする。
その直後、さざ波が打ち寄せるかのように静かな女子社員の溜息が会議室に広がった。


「……はい。 では、私の方から現在新規に構築中のセールスツールについての進捗報告をさせて頂きます。」



((……あ……))



聞き覚えの有る声が、酷く態とらしい余所行きの声音を奏でている。
その柔らかさと言ったら、背中がムズムズしてしまう程だ。

ちらりと視線を上げれば山田先輩を挟んだ向こう側に立つ、才蔵さんの姿がある。
どうやら考え事をしている間に、才蔵さんの報告の番になっていたらしい。



「来月には本格稼働が可能ですので、出来上がりましたら今皆さんがお使いのシステムのトップ画面から───」



いつ見ても、鋭利な程に整ったその容姿に会議室中の女性社員がうっとりと熱い視線を送っていた。
この場に居る誰もが才蔵さんを“容姿端麗で温厚篤実なプログラマー”だと信じて止まないのだろう。

でも、私にはこうして“綺麗な人”を演じている才蔵さんの姿に違和感しか感じられなかった。




((……才蔵さんはこうやって、人と距離を取ろうとしてるんだろうな……))




ファンクラブが出来る程に神格化してしまっている才蔵さんに、馴れ馴れしく近づこうとする社員は殆ど居ない。
きっと、才蔵さんがそうなるように仕向けたのだろう。



『俺はお前が思うような人間じゃない』

『俺に構うな。……本当に迷惑』



この間、会議室で掛けられた才蔵さんの言葉が頭を過ぎる。
思い出すだけで胸の奥がじわりと痛んだ。




((……あれ以来ちゃんと話してないな……))



もう一度才蔵さんを見上げるも、才蔵さんは爽やかな笑みを口元に浮かべたまま流暢に現在構築中のシステムについての説明を続けている。
やっぱりその姿は何処からどうみても完璧で、氷で作られた彫刻のようだった。



「………はぁ………」



誰にも分からないくらい小さく溜息を吐く。

一体何故才蔵さんはここまで人との交流を避けているのだろうか
どんなに考えても、ここまで自分を作り上げてまで人を避ける理由が私には見つからなかった。




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