現パロ才蔵

□始まり
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創立62年目の大手部品メーカー
「ロケットから子どものおもちゃまで」を、コンセプトとして掲げるこの会社は、大手自動車メーカーの下請けや、奥州グループ製品の部品開発なども行っている。
テレビCMでも名前を聞くような、全国的にも有名企業。

それが、私が就職した会社だった。


「よし! 今日から頑張るぞ…!」


短大を卒業して、社会人一年目。

新人研修が明けて晴れて配属先が決定した私は、期待と緊張に胸を踊らせながら、今日初めて入るオフィスに足を踏み入れた。





「皆さんに紹介します。今日からこのフロアで一緒に働く事になった、苗字弥彦さんと、林野松子さんです」


五十名以上は居るであろう先輩方に囲まれたフロアの中央。
そこで、私たちの配属先の部長が私と同期の松子さんを新人として紹介して下さった。


「苗字弥彦です。よろしくお願いします」

「林野松子です。よろしくお願いします」


松子さんと二人で、フロアに居る先輩方に頭を下げると、早速部長が私たち二人を見て柔和な笑みを向けた。


「林野さんは営業二課のチームに」

「はい」

「苗字さんは、今年から新設されたWebマーケティングチームに配属になるからね」

「は、はい!」

((新設されたチームの担当になれるんだ…!!))


部長から配属先を紹介され、期待が大きく膨らむ。
新設されたWebマーケティングチームとは一体どんな仕事なのだろうか。
仕事の内容は想像つかなかったけれど、何処と無く近代的な響きに新しい仕事へのモチベーションが上がっていく。


簡単な自己紹介と担当を告げられた後温かい拍手で歓迎され、朝礼はすぐに終了する。


「じゃあ、林野さんは早速こっちに来て。 ミーティングをしよう」


皆がわらわらと自分の席に戻る中、営業二課の先輩と思わしき男性が手招きをして松子さんを連れて行ってしまった。


「あれ…私…は?」


キョロキョロと辺りを見回しても、誰も私を迎えに来てくれようとする気配は無い。
新設されたチームだと聞いたので、もしかしたら忙しいのかもしれないな…と思いながらも、いつまでも立ち尽くしているわけには行かなかった。


「あ…あの、Webマーケティングチームの先輩方はどちらに…?」


新しい部署に来て早速取り残されてしまった私は、おろおろしながら近くに居た別チームの先輩に話しかける。


「ああ、Webマーケティングには、山田太郎くんと、プログラマーの霧隠さんが付いてるんだけど、山田くんは今日遅刻、霧隠さんは社内全部のプログラム管理とかSE業務までこなしてるから殆どこのフロアに居ないよ」


((…ど…どういう事?))


その先輩の話しを聞いて思わず唖然とした。
配属された先に居るのは、遅刻する先輩と殆どフロアに居ないプログラマーの二人だと言われ、配属初っ端から困惑が隠せない。


「取り敢えず、Webマーケティングチームはあっちの席。あの新しいデスクが佐々木さんの席だから、パソコンのセットアップして山田くん待ってたら?」

「あ、はい…そうします…」


親切に教えて下さった名前も知らない先輩に頭を下げた私は、その足でフロアの隅にたった三つのデスクが島になって置かれたその場所に向かった。


((…なんか…待遇が…))


新設されたWebマーケティング担当と聞いて一瞬でも期待した私はその現実を見て思わず顔が引きつってしまう。

フロアの他のチームは、最低でも五人から十人ほどのメンバーが盛んに意見を取り交わして業務を行っているように見えるのに、私の配属されたチームはまさかの三名体勢。
しかも、三つあるデスクの一つは書類や文房具が散乱した、お世辞にも綺麗とは言えないとんでもない有様だ。

そして、残る二つのデスクはまるで人の気配は無く真新しく見える。

((…一つは私の席だとして、もう一箇所はプログラマーの人の席?))

だとしたら、本当に殆どこの席に戻ってくる事は無いのだろう。
私用に用意されたデスクと違いが分からない程に何も無いそのデスク。
唯一私のデスクとの違いがあるとすれば、パソコンを充電するためと思われるテーブルタップがデスクの上に置いてあるくらいだ。


((…もしかしなくても…物凄い窓際部署なんじゃ…))


新設されたWebマーケティング担当と言いつつ、その島はどう見ても近代的なイメージには程遠い。

初日の朝から一人ポツンとデスクに腰掛けた私は、一人パソコンのセットアップをしながら、ただただ不安に駆られるのだった。





「いやー。ごめんごめん!すっかり寝坊しちゃってさー」

「いえ…」

結局、同じWebマーケティング担当の山田先輩が出社したのは、お昼休みに入る30分前だった。

悪びれる様子も無く入ってきた山田先輩は、寝癖頭のまま二ヒヒと笑いながら席に着くと、簡単な自己紹介と仕事の内容を説明してくれる。

「取り敢えず、Webマーケティング担当って事だから、会社のホームページつくったり通販サイト作ったりするらしいんだけど」

「…らしい…?」

「そ、俺実はパソコンとかインターネットとか全然分からないんだよね」

「えっ…」

未だに後頭部に寝癖の跳ねた山田先輩はあっけらかんとした様子で自分のデスクの上に置いてある一冊の本を取り出した。

「苗字さん、パソコンとかインターネットとか詳しいんでしょ。取り敢えず、これ読んで会社のホームページと通販サイトの立ち上げとか企画してくれる?」

「えっ…!? ええっ…!」

手渡された本にはデカデカと「Webマーケティング超入門」の文字。
そもそも、私だってパソコンに詳しい訳では無い。
ただ、短大の授業でパソコンの演習があって、タイピングやワードの検定をいくつか持っていると言うだけだった。

((…こ、この先輩…大丈夫なの…?))


新設された部署のリーダーとしては有り得ない無気力さと私以上の知識の無さに唖然としてしまう。

明らかにやる気の感じられない山田先輩は、あくびをしながらパソコンを立ち上げて、メールのチェックをし始めた。

「あ…あの…」

「あー。分からない事あったら、霧隠くんに聞いて。俺本当にパソコン系分かんないんだよね」

「えっ…ええ…?!」

「じゃ、よろしく〜。俺飯食ってくるわ!」

「…は!?」

結局、山田先輩は午前中いっぱい遅刻した挙句、仕事と言う仕事もろくにせずに、お昼を食べにさっさとオフィスを出て行ってしまった。

私は手元に残された一冊の本を持ってただポツンと佇んでいた。


((…な、なんなの…!?))



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