現パロ小十郎
□Happy-Valentine
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「政宗様。いつもありがとうございます」
いつもの朝、政宗様のスケジュールを読み上げた後、おもむろに朝食の食器を片付けたテーブルの上にそれを置く。
「…これは…?」
私が渡した小さな箱を見て首を傾げる政宗様。
その顔は本当に心当たりが無いと言う表情(かお)で。
忙しい日々の中で今日が何の日かなんて覚えていらっしゃらないのかも知れない。
「バレンタインのチョコレートです」
「…ばれんたいん…? そうか、今日か」
私が今日はバレンタインだと伝えると、政宗様は驚いた様に目を丸くした。
「はい。 普通のチョコだと甘すぎるかと思って、甘さを控えめにして、ずんだを中に入れてみたんです」
「ずんだを…?」
「チョコレートとずんだって意外と相性が良いんですよ。」
そう伝えると、政宗様は目元を和らげてその箱を受け取って下さった。
「ありがとう。」
「いえ、すみません。他の方からも沢山受け取られるとは思ったんですが、やっぱり今日はチョコレートかなと思って」
箱を受け取って懐に入れて下さったのを見ながらそう伝えると、政宗様は軽く首を横に振った。
「…いや。俺はこれまでチョコなんて貰った事はない」
「え?」
会社のトップで有る政宗様がバレンタインにチョコレートを貰った事がないと言う事実に今度は私が目を丸くする。
「…そう言うのは全部、小十郎の所で止めて貰っていたからな」
「そういう事でしたか」
よく考えて見れば、女嫌いの政宗様が女性からのチョコレートを万が一受け取ったとしても食べる筈も無い。
ずっと女性を近付けずに過ごしてきた政宗様がバレンタインと長年無縁である事も納得出来た。
「…そのせいで小十郎が毎年大変な事になっているんだが…」
眉尻を下げて申し訳無さそうな顔の政宗様がそうポツリと呟く。
「え…?」
何の事か分からず首を傾げたものの、その答えはさして時間も掛からずに知る事となった。
「今年も見事ねぇ〜。あれだけのチョコレートを溶かして固めれば等身大の人形位出来そうだわ」
「去年よりも更に増えた気がするナー」
この会社に入って初めてのバレンタインだからと、ザビちゃんとルイスが連れてきてくれた空き会議室。
ぽかんとする私を尻目に二人はドアから廊下を覗き込んでいる。
「2人とも…何してるの?」
「ほら、弥彦も覗いて見なさいよっ」
「…え?」
早く早くと手招きをされ、訳もわからないままにそのドアからこっそりと顔だけを出して、今まさに重役会議が行われている会議室に続く廊下を覗いてみた。
「…っ…!?」
そうして、ドアを開けた途端に、目の前に広がる光景に開いた口が塞がらない。
廊下の両壁に張り付くように所狭しと女性社員がひしめき合っているのだ。
その数ざっと50名以上。
こんな光景は、ニュースなどで見かけるアイドルの出待ちか、空港でハリウッドスターのお出迎えをする映像でしか見たことが無い。
「…わぁ…」
「もう風物詩ダナ」
「ちなみにこれ全部小十郎様宛よ」
「え!?」
サラッと発せられたザビちゃんの一言に私は更に瞠目してしまう。
「しかも小十郎様、絶対断らないのよねぇ」
「…!」
「あ! ほら、出てきたわよ!」
“小十郎様は絶対に断らない”と言う、ザビちゃんの言葉にズキリと胸が痛んだが、興奮気味な次の言葉がすぐに被せられ、それ以上に何かを聞く事は出来なかった。
ガチャッと音を立てて会議室の扉が開く。
その瞬間、突如黄色い声援が廊下中に木霊した。
「わっ…!!」
割れんばかりの歓声と同時に扉に殺到する女子社員。
その中から背の高い男性が歩いてくるのが見えた。
小十郎様だ。
「小十郎様ー! 受け取ってくださいっ!」
「私の!!私の気持ちも受け取ってください!」
「押さないでよ!!私が先よ!」
「きゃー!!」
まるで、年末のバーゲンセールも吃驚の光景が広がっている。
揉みくちゃにされながらも、果敢に渦中に飛び込んでいく女性社員達に圧倒されて言葉が出ない。
「…。」
それ以上は見なくても何が起こっているのかなんて想像が付いた。
静かに扉を締めてガランとした会議室に戻ると大きく息を吐く。
「…何か…凄いもの見ちゃった…」
「あれが毎年だから困っちゃうわよねぇ」
「大体バレンタインが終わると副社長は2,3キロやつれテルゾ」
同情するような口振りだが、何処かゴシップを喜ぶような含みを持った二人に釣られて私も苦笑するしかない。
「そう、なんだね…」
しかし、苦笑を浮かべる表情とは裏腹に私の胸の内は酷く重く鬱々とした物がいっぱいになっていた。
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