伊賀の忍

□降り続く雨
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忍び装束を身に纏い、漆黒の闇夜を暗躍する。
決して光の当たらぬ穢れた稼業。

心を殺し、ただからくりの様にそれを繰り返して来た俺に、安息も平和も幸せも必要など無い物だと思っていた。
この命さえも必要とあらば擲つ事など造作無い。
ただ、任務を全うする為だけに作られた自分という存在が、この世に生きる意味など他には無かった。




「明日も、明後日も、お団子を作ります。」

「才蔵さんに食べてほしいんです」




弥彦との再会はある意味、事故。
不覚にも心の奥で殺していた気持ちが、その存在によって息を吹き返してしまったのだから。



「……お団子作ってお待ちしてますね」



いつも別れ際にそう言って笑う表情が痛い。
どんな刀傷よりも、ずっと心に深く突き刺さる笑顔。

生きなければいけない理由を持つなど、忍として最早禁忌だと言うのに。
それを振り払い、拒絶し、突き放す事すら出来ないほどに、いつのまにか弥彦の存在は俺の中の奥深くに根を張り居着いていた。


「お疲れ様でした。任務完了です」

「……見てたならお前がやりなよ」

「才蔵さんにしか出来ない仕事ですので」

「どーだか」

「……里へ報告してきます」


表情一つ変えずに俺の背後に立つ清広は相変わらず淡々と必要事項だけを述べて姿を消した。
一人残された俺は、ベッタリと身体にまとわりつく不快感をそのままに、月のない夜道を駆け戻った。


途端、雨が降る。
瀧のような。


降り注ぐ雨粒が身体を叩き付け、身に纏う穢れを落としていく。



「……。」



頭が重い。
身体が熱い。

いつもならば、こんな日は山小屋に身を寄せ死んだ様に眠ると言うのに。



「……厄介なのに出会ったもんだよね」



こんな雨の中、団子を前に一人待ち続ける姿を思えば足を止めることなど出来なかった。








お団子と、てるてる坊主を作って待つ。
それは、当たり前のようにいつもの事で……


「……これで良いかな」


端切れを引っ張り出して作った人形が軒先にいくつもぶら下がる。
数刻前から降り出した叩き付けるような雨は、未だに勢いを落とさず闇夜を突き抜けて地面に落ちていた。


こんな日は、灯りが無ければ何も見えない。



「才蔵さん……大丈夫かな」



すぐに戻ると言う才蔵さんの背中に「お団子を作ってお待ちしてます」と投げかけたのは三日前の夜だった。

それから、毎日お団子を作っては才蔵さんの帰りを待っている。



「もう少し、てるてる坊主増やした方がいいかも」



降り止まない雨が、才蔵さんを苦しめているのでは無いだろうか。
熱が出て、任務に支障を来たしてはいないだろうか。


そう思えばいても立ってもいられず
結局、先程しまった裁縫道具を取り出して飽きること無く端切れを丸め始めた。


雨が早く止めば良い。


無事に帰って来れば良い。


いくつもいくつも、私の前にてるてる坊主が増えていた。
行灯の灯りを頼りに、端切れが無くなるまで丸め続けたてるてる坊主が積み重なる。


「この位で良いかな」


山型に積まれたそれらが崩れ掛けた時、部屋の障子が静かに開いた。



「…………多すぎ」

「あ……!」



音もなく崩れ落ちるてるてる坊主のその奥に、会いたかった人が立っていた。
その表情は呆れた様な、そうでないような。


「……才蔵さん……」

「こっちに十五、そっちに二十……どれだけ作るのさ」



散らばったてるてる坊主の数を一瞬で数えた才蔵さんは
怪訝そうにそれらを横目に見ながら私の隣に腰を下ろした。


「お帰りなさい」

「ん」


普段通りのその姿に安堵し、心の奥で息をつく。



「お団子、召し上がりますか」

「……要らない」



才蔵さんの言葉を受け、すぐに針箱を片付け部屋の隅に押し遣った。
その直後、頃合を見計らったかのように膝の上にぽすん、と銀色の髪が落ちてきた。



「褥敷きますよ?」

「……此処で良い」

「はい」



膝に乗る体温は、やはり痛い程に熱い。
軒先に意識を向ければ、未だに叩き付けるような雨音が響いている。

そんな中、こんな身体を引き摺って、帰ってきてくれた。
それが何よりも嬉しかった。



「才蔵さん、お帰りなさい」

「ん」



伏せられた睫毛が微かに揺れる。
銀色の髪を撫でれば、少しだけ水気を含んでいて

それが、何を示すのかなんて聞かなくてもすぐに分かった。



「帰って来てくれて……、ありがとうございます」

「ん」

「……明日は晴れると良いですね」



段々とゆるやかになる雨音を聞きながら
浅い呼吸を繰り返す才蔵さんの髪をいつまでも撫でていた。



終わり



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