伊賀の忍
□米俵
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炊事場で夕餉の準備をしようと米俵に近づき驚いた。
「あれ!? もうお米が無い」
普段なら半分位無くなると新しい米俵を運んで貰うはずなのに、今日はそれも見当たらない。
私が空っぽの米俵の中をのぞきこんで居ると、後ろから梅子さんの慌てたような声が響いた。
「いっけない! 新しいの運んで貰うの忘れちゃった!」
「困ったわねえ、米俵はいつも男の人に運んでもらうんだけど、今日はみんな幸村様の鍛錬で山に登ってるし……」
困ったように腕を組む松子さん。
確かに、今日は朝から幸村様が鍛錬の為に山に登ると仰って、家臣の方を引き連れて出かけていったのを思い出した。
「困ったわね…」
「じゃあ、私米俵取ってきますね!」
「え!? 弥彦ちゃんが?!」
「ちょっとお行儀が悪いんですが、転がせばなんとかなると思うんです」
「大丈夫?! かなりの重さよ?」
「でも、お米ないと困りますもんね! とりあえず行ってきます!」
「とは、言ったものの」
米倉の中に積まれた米俵を前に私は途方に暮れていた。
「……全然動かない」
どうにか転がせば行けると思っていたのがそもそもの間違いで。
私の目の前に積まれた米俵は、転がす所かそこから下ろすことも出来そうになかった。
「……ど、どうしよう……」
しかし、お米がなければ夕餉が作れない。
夕餉が作れないと、鍛錬から帰ってきた皆さんがお腹を空かせてしまう。
「な……なんとかしなくちゃ……!」
料理人の性分で、お腹を空かせた人を放っておくことなんて出来ない。
とにかく、皆さんが食べるご飯を確保しなくてはと、無理やり頭上にある米俵に手を掛けた時だった。
「何してんの」
「わっ」
背後から掛けられた平坦な声に、ビクッと肩が揺れる。
「お前さんがこんなの下ろしたら、そのまま潰れるよ」
「さ、才蔵さんっ……!」
驚いて振り返れば、そこには朝みんなと出かけた筈の才蔵さんが立っていた。
「た、鍛錬に行ったんじゃ……?」
「行く筈ないでしょ。あんなの」
「そうなんですか」
「昼寝したいし」
酷く面倒そうに息を吐く才蔵さん。
「てっきりお出かけされたものだと思ってました」
「そ」
居ないと思っていた才蔵さんに会えた事が嬉しくて、胸の奥がほっこりと暖かくなるのを感じていると
「で、お前さんはこんなの下ろそうとして何してるわけ」
「あ! そうなんです。 炊事場のお米が無くなってしまって、米俵を運ぼうと思ったんですけど……」
「はあ……。無理に決まってるでしょ」
米俵を運ぼうとしていた事を告げるとますます呆れたように才蔵さんが溜息を吐いた。
「こんなのの下敷きになったら、潰れたカエルみたいになるよ」
「う……」
確かに、こんなに重い米俵が落ちてきたら、私なんて簡単に下敷きになってしまうだろう。
その光景を想像しただけでゾッとする。
「ほら、行くよ」
「え?」
その声に、首を傾げるとほぼ同時に才蔵さんは私の後ろにあった米俵の山から、一俵をヒョイと持ち上げてしまった。
「わ! すごいっ」
幸村様が米俵を担いで鍛錬をされている姿を見た事があるけれど、才蔵さんが米俵を担ぐ所なんて見た事が無かった為、その不釣り合いな光景に思わず目を瞬いてしまう。
「才蔵さんも、そんなに軽々と米俵持てるんですね」
「何それ」
「いえ、あの……なんか意外で」
意外も何も、才蔵さんは伊賀の里で一番の忍なのだから、米俵なんて軽々と担げて当たり前なのだけど。
どうしてもその野性的な光景と、線が細く見える才蔵さんの印象が一致しなかった。
「いつもお前さん抱えて歩いてるでしょ」
「えっ……あっ……それは……!」
確かにいつも私を軽々と持ち上げて屋根の上まで飛び上がっている事を思い出す。
それどころか時にはあの幸村様でさえ担いでしまうのだ。
「すみません……そうですよね」
「別に。米俵なんてお前さんよりは軽いし」
「なっ……! も、もう少しは軽いですっ」
「冗談」
体重の話しを持ち出され真っ赤になって言い返すと、才蔵さんは可笑しそうに口元に弧を描く。
「ほら、行くよ」
「あ、はい」
才蔵さんは、そのまま炊事場へ米俵を運んでくれたのだった。
「あーあ。肩こった」
大してそう思っていないような様子で、才蔵さんは米俵を下ろして首を左右に軽く曲げる。
「すみません、助かりました」
「団子」
短く告げられた言葉に思わず笑みが零れる。
「ふふ、分かりました。才蔵さんが運んでくださったお米でお団子作りますね」
「ん」
そう言って直ぐに才蔵さんは炊事場から姿を消してしまう。
「行っちゃった」
ほんの些細な事でも必ず手を差し伸べてくれる才蔵さん。
口では冷たい事を言うけれど確かに伝わるその優しさに私は小さく笑みを零したのだった。
終わり
米俵について調べてみたら、昔の女の人は米俵五俵担げたと言う記事を見つけて( ゚д゚)ハッ!?ってなりました(笑)