宝物庫

□才蔵さんのお気に入り
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「才蔵さん、今日は少し、付き合っていただきたいところがあるんです」


たぶん断られるだろうな、と思いながらも伺いを立てたところ、案の定。
宝石を埋め込んだような緋色の瞳が、すっと細くなる。


「どこ」

「え?」

「どこに行くのさ」


久しぶりに才蔵さんと休みが重なり、待ち合わせた駅前。
投げやりな問いかけは、一刻も早くこの雑踏から抜け出したいという気持ちの表れにも思える。

そもそもこんな場所に呼び出したのは私なのだから、不快感を眉間に滲ませながらも応じてくれた才蔵さんのために、ここはきっぱり目的を伝えておくべきだろう。


「あの、家電量販店に」

「は?」

「私物のノートパソコンを買い替えたくて、才蔵さんのご意見を……」

「却下」

「わっ、待ってください!」


長い足が唐突に歩き出し、私は慌てて後を追う。


「お団子十五本でどうですかっ」

「どうせコンビニでしょ」

「いえ、今日はきちんとお団子屋さんに……ぶふっ」


またしても何の前触れもなく、止まった背中に鼻先がぶつかった。
じんじんと痛むそこをさすりながら一歩退くと、いつ見ても作り物としか思えない鋭利な美貌がこちらを見下ろしている。


「なにやってんの」

「才蔵さんが急に止まるから……」

「前見て歩きな」

「見てました!」


思わず言い返せば、今日初めて、才蔵さんがふっと笑う。


――遊ばれた……。


「で、お前さんが行きたいのはどこの店」

「はい?」

「パソコン売ってる店なんて、あっちにもこっちにもあるんだけど」

「付き合ってくださるんですか!?」


私から頼んだとはいえ、まさか本当に相談に乗ってもらえるとは思わなかった。
お団子屋さん、というちょっとした特別感に釣られてくれたのだろうか。

才蔵さんの視線が逸れ、大きな道路を挟んだ向こうの百貨店に向けられる。


「物産展、今日までだから」

「物産展?」

「お前さんが後で団子買いにいくところ」

「……! はいっ」


素っ気ない一言を残して再び歩き出した才蔵さんの足取りは、先程までより少し軽い。


――本当にお団子が好きなんだなあ。


呑気な感慨をくゆらせていた私は、その数分後、予想外の敵に才蔵さんを奪われることになった。







ここなら品揃えも豊富だろうと、大型の家電量販店に足を踏み入れる。
が、それまでお団子効果で進んでいた才蔵さんの歩みが、ぴたりと止まった。


「……才蔵さん?」

「……」


目線を辿ると、その先は、


「洗濯機、欲しいんですか?」

「別に」


言いながらも才蔵さんはそちらへ歩き出してしまう。
と思えば、整然と佇む見本品の中、ゴゥンゴゥンと得意気に動いている一台の前にしゃがみ込む。

『ドラム式の革命! 洗い残しゼロ!』と、大げさな謳い文句が張りつけられていた。

水がざばざばと回転する、その窓の前に、才蔵さんは鼻先を寄せたまま動かない。


「あの……」


仕方なく、私は隣にしゃがんで声をかける。


「才蔵さん、パソコンは……」

「見てくれば」

「えっ、でも」

「候補決めてパンフレットもらって来な」

「候補って……私、絞り込めるほどの知識もないので」

「最低限必要なスペックくらいわかるでしょ。あとはキーボード叩いて手に合えば値段と相談」

「はあ……」


そうは言われても。

周囲からは好奇の視線が集まり始めている。
折った膝に頬杖をついて、洗濯機の中を一心に眺めているだけでも人目につくのに、その横顔が美し過ぎるのだから当然だろう。

私はそっと才蔵さんの腕を引いた。


「才蔵さん、やっぱり一緒に来てください。みんな見ていますから……」

「お前さんちってドラム式だっけ」

「違いますけど! あの、お願いですから動いてくださいっ……お団子っ、買いに行きませんよ!」

「じゃ、お前さんは一人でパソコン選びな」

「そんな……!」


散歩の途中で突然歩かなくなった、大型犬を相手にしている気分だ。
互いにしゃがんだ体勢では埒が明かず、私は立ち上がって才蔵さんの脇に腕を入れ、力任せに引っ張り上げる。


「才蔵さん!」

「なに。肩抜けるんだけど」

「どんどん人が集まっています! こんなところで目立ってもいいんですかっ」

「……はあ」


ようやく、いかにも億劫そうに長身が伸び上がった。
どこからか、きゃぁっと黄色い悲鳴が聞こえる。

ほら動いた、やっぱり人形じゃない、と囁かれる合間を縫って私は人垣から才蔵さんを連れ出す。


「あー、うるさい」

「才蔵さんのせいですよっ」

「客が商品見てただけでしょ」

「明らかに度を越えていましたから!」


洗濯槽がぐるぐると動いているのを眺めてしまう気持ちは、わからないでもない。
けれど普通、こんなお店では……


――そうだ、この人、普通じゃないんだった……。


一度離れれば諦めがついたらしい。
何事もなかったかのように隣を歩くその表情からは、付き合い始めた今でもなかなか考えが読めない。

いつも何かを考えているようにも見えるし、何も考えていないようにも見える。

また「別に」とかわされてしまうかもしれないけれど、私は意を決して口を開いた。


「才蔵さん」

「なに」

「今、何を考えているんですか?」

「……お前さん、パソコンより洗濯機買い替えれば?」

「うちにはドラム式は入りません!」


反射的に答えながら、ふと思いつく。
もしあれを買える日がくれば、才蔵さんは今より頻繁に会いに来てくれるのだろうか。


――私じゃなくて洗濯機に、だけど。


お団子の他にもうひとつ、才蔵さんのお気に入りを見つけた気がした。








まさかの才蔵さんのお気に入りがドラム式洗濯機!!!
何台でも買ってあげたい……(笑)
真鈴様素敵なお話しありがとうございました!!

真鈴様の素敵なお話しは
雪ぼたん様へどうぞ★

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