現パロ小十郎

□金曜日の恋人
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「心配させて……不安にさせてしまって……ごめんなさいっ……」

「……。」

「……私は、っ……何処にも、行きません……」

「弥彦……」

「今までも、これからも……小十郎様だけです……から……っ」



ぐしゅぐしゅと鼻をすする音がする。
俺の首筋に埋めて隠れた顔は、きっと涙に濡れて居るのだろう。

感動するドラマや映画を見る度に、化粧が落ちるのも気にせずに顔をぐしゃぐしゃにして泣く姿を思い出す。
こぼれそうな程に大きな目を真っ赤にした泣きべそのその顔を想像すると、急に愛おしい気持ちが湧き上がってきた。



「……もう、心配かけたり……っ……しません……」

「うん」

「……ふっ……ぅ……ちゃんと、連絡も……します」

「うん」

「だから……っ……ごめんなさ……い……」

「うん」



田中と二人きりでいた事自体、いい気分はしないものの、そんな事で怒る事がなんだか急に馬鹿馬鹿しくなってきてしまった。

愛しい人が無事で居てくれたのだから、それだけで十分ではないか。
たった一人で暗い夜道を歩く事にならなかっただけ、良かったでは無いか。



「弥彦」



震える腕でしがみつく弥彦を、そのままギュッと抱きしめた。
両腕で身体を包み込むと、華奢な身体の緊張がふっと緩むのが分かる。



「俺も、ごめんな」

「……っ……」

「顔、見せて」



耳元で囁くと、俺の首筋に埋まる顔が小さくイヤイヤをした。



「何で?」

「顔、ぐしゃぐしゃだから、ダメです……」



案の定の答えに、思わず口元が緩んでしまう。



「仲直りのキスはさせてくれない?」

「うー……」



逡巡しているのか小さく唸る声がする。
髪を撫でながら、顔を上げるのをじっと待っていると、そっと伺うような表情の弥彦が顔を出した。

その顔は案の定、涙に濡れてぐしゃぐしゃになっていた。
大きな目を真っ赤にして、長いまつ毛を濡らしている。
先ほどまで、あんなにも焼け焦げていた筈の胸の内が単純な程に、柔らかく暖かな気持ちに包まれていく。



「……乱暴してごめんな」

「……私の方こそ……ごめんなさ……んっ……」


チュッと唇を啄むと、弥彦がピクリと身体を震わせる。
伏せられた長い睫毛はまだしっとりと濡れているが、今度はその様子が妙に艶やかに見えた。



「んっ……ぁ……」


そのまま柔らかな唇を啄み、段々と交わりを深くしていく。
とろけそうな柔舌を味わいながら、中途半端に脱がせた弥彦の衣服を脱がせて行く。



「ぁ……っ……こじゅ……さまっ……」

「ちゃんと仕切り直ししような」

「……ぁっ……んっ……」



なんと言っても今日は金曜日。
過ぎた時間を取り戻す為の愛しい人との甘い時間は、東の空が白むまで続いた。








「はい。これ持ってて」

「え……あの……これは?」

「スマホだけど」

「えと……そうじゃなくて」



次の日。
手の上に載った、一つ型遅れのスマホに弥彦は目をぱちぱちと瞬かせた。



「俺が前使ってた奴だから新しくはないけど、取り敢えず新しいの買うまではこれ持ってて」

「えっ……! で、でも」

「うん?」

「私が持っていて良いんですか……?」

「また昨日みたいに連絡つかなくなったら困るしね」



恋人専用の携帯なんて、正直面倒だとついこの間まで思っていた。
四六時中監視され、仕事中でも関係無く連絡が来る恐ろしい代物。

しかし、今回ばかりはその概念を覆さざるを得なかった。
居場所が分からずあれだけ心配する位なら、いざという時の連絡手段を用意するのは間違いでは無い。

解約するのが面倒で、買い替えのタイミングで放置したスマホが残っていて本当に良かった、と心の中で独りごちる。

しかし、弥彦の表情はいまいちパッとしない。




「何か不安?」



別にGPSで監視するつもりもなければ、離れている間に逐一連絡をさせるつもりも無い。
そんな心配は無用だと伝えようとした時、弥彦が眉尻を下げて俺を見上げた。



「あの……料金とか、かかるんじゃ……?」

「……は?」

「わ、私ちゃんと払いますからっ……お金っ!」



スマホを抱えて金銭面の心配をする弥彦に思わず苦笑が零れた。

きっとこの子に出会わなければ女と言う生き物は、皆俺から与えられる物を当たり前のように享受する生き物だと思っていたに違いない。



((……こんなにも何かしてやりたいと思うのは初めてだな))



特別華やかなわけでもなければ、取り立てて目立つわけでもない。
なのに、こんなにも惹かれるのは、この謙虚さと、人を思いやる事が出来る優しい性格のせいなのかもしれない。



「月々数千円で、お前を捕まえて置けるならタダも同然だよ」



そう言ってチュッと口付けると、弥彦の頬にサッと朱が散った。
『もう』とか『小十郎様ったら……』とモゴモゴと何事かを口の中で言いながらも、チラリと上目遣いにこちらを見上げた。



「うん?」

「ありがとうございます。」

「ああ」

「……小十郎様だと思って、大事に使いますね」

「……っ……」



ニコリと音がしそうな程の笑顔でそんな事を言う弥彦。



「……今のは、反則だろう……」

「えっ……!?」


純粋で、謙虚で優しくて。
その上、無自覚に男をたぶらかす小悪魔な恋人を持ってしまったが最後、今後も盛大に頭を抱える事になりそうだ。



終わり
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