現パロ小十郎

□Xmas illumination
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その後、パーティーが終わるまで私は政宗様の傍から離れず笑顔を張り付けたままじっと動かずにいた。

イベントステージでは、芸能人のゲストが来たり、有名なゴスペルグループによるクリスマスソングの演奏が有ったりと盛り上がりを見せていたが、そんな演出すらもまるで気にならない程に私の気持ちは暗く沈みこんでいた。

((…何であんな事言っちゃったんだろう…))

あくまでも小十郎様は仕事上の上司だと言うのに、叱られた事に言い返してしまうなんて社会人として失格だとしか言いようが無い。

私の個人的な感情で勝手に嫉妬して寂しくなってしまった事なんて小十郎様にはまるで関係の無い事だと言うのに…。

あれから、政宗様がお知り合いの社長とお話ししている所に小十郎様とマリアさんが会話に加わって来る事もあったけれど、一度も小十郎様と視線を合わせることは出来無かった。

時折、小十郎様の視線が心配そうに私を追っている事には気付いていたけれど、結局最後までその視線には気付かない振りをし続けていた。




「弥彦、今日はご苦労だった」

「政宗様こそお疲れ様でした。お車はエントランスに回して頂くように伝えて有りますので」

パーティーも終焉を迎え、来賓が続々と帰路に着く。
一応身内のパーティーと言うこともあり、政宗様も最後まで残ってお客様への挨拶を行っていた為、既に会場内は人もまばらでガランとしていた。

小十郎様も少し前にマリアさんを送るからと言って会場を後にしていた。

((…折角クリスマスイブなのに…私何してるんだろう))

政宗様をエントランスに送りながらも、ぼんやりとそんな事を考える。
上司に片思いをしている時点で、今年のクリスマスに何かを期待する事は無かった。
この想いが叶う事なんて望むべくも無く、ただ淡々といつもの日常として過ぎていけば良いと思っていた。
でもやはり、煌びやかなパーティー会場を後にすると、ふいに寂しさが込み上げてくる。

特に期待はしていなかったとは言え、まさかのクリスマスイブに小十郎様に対してとってしまった失礼な態度が酷く心残りだった。

((…一言だけでも謝りたかったな…))

自分が悪いのはわかっている。
上司として心配した小十郎様が私の為に叱ってくれたのだ。
その気持ちを受け止められずに突き返してしまった自分が酷く情けなかった。


エントランスに着くと、いつもの白髪頭の運転手さんが政宗様へ向かって頭を下げて車のドアを開けてくれた。

「では政宗様、お気を付けてお帰りください」

「弥彦はどうするんだ。一緒に送ろう」

車に乗り込む政宗様に頭を下げるも、私を心配した政宗様が一緒に帰ることを提案して下さった。
しかし、パーティー会場のホテルから私の家に帰るには政宗様のご自宅を一度通過して30分程走らなくては行けない。
そうなれば政宗様のご帰宅も遅くなるし、運転手さんの帰りだって遅くなってしまう。
既に22時を回っているので、それはとても申し訳無い。

「いえ…私はタクシーか何かで…」

帰ります。
そう伝えようとした時、突然背後から声が掛かった。

「苗字は私が送りますので、ご安心ください」

「えっ…!」

驚いてそちらを振り仰げばいつの間に居たのか、小十郎様がにこやかな笑みを浮かべて立っていた。

「…そうか。ならば小十郎に任せる」

「はい。政宗様も今日はゆっくりお休み下さい。」

「ああ…」

驚きで声が出ないまま、目の前で黒塗りの高級車のドアがパタンと閉まる。
走り去る車を見送りながらも、私の頭は驚きと動揺で真っ白になって居た。

「…ぁ…っ…の…」

隣に立つ小十郎様を見上げ何か言わなくてはと思うものの、喉が張り付いたように声が出てこない。

「おいで」

「えっ…!」

しかし、何か言う前に突然小十郎様が私の腕を引いて歩き出した。

「こっ…小十郎様っ…!?」

「…」

「ま、マリアさんを送って行ったんじゃ…」

「…」

話しかけても小十郎様の返答は無い。
やはり、まだ怒って居るのかと思えばそれ以上に声を出すことは出来ず、腕を引かれるがまま小十郎様について行くしか無かった。



「あ…の…」


連れて行かれた先にあったのは、一台の車。
ネイビーブルーで落ち着いた色合いのそれが海外の高級車だという事は、車に疎い私にもすぐに分かった。

政宗様をお見送りした場所から少しだけ離れたホテルのエントランスに駐車してあるその車から、ちょうど制服を身に纏ったホテルの係員が降りてくる所だった。

「乗って」

「え…」

小十郎様が助手席のドアを開ける。
何が起こったのか分からずにポカンとしていると、小十郎様は困ったように眉尻を下げた。

「送ると言ったろう?」

「こ、これ…小十郎様のお車ですか…?」

「いいから。ほら、早く乗って」

半ば押し込まれるように車に乗せられ、訳も分からぬまま、小十郎様が運転する車は滑るように発進した。
車内には普段仄かにする小十郎様の香水の香りがした。

この車でマリアさんを送っていったのだろうか。
そう思えば、また胸の痛みがじわりと蘇ってきた。

「…。」
「…。」

車内に沈黙が落ちる。
エンジン音だけが静かに響く車内は妙に気まずくて居心地が悪かった。
身体を包み込む様な上質な革張りのシートに座ってもリラックスなんて出来るはずも無く背筋を伸ばして膝の上に握った拳を見つめていた。

「…。」
「…。」

沈黙が耳に痛くて、せめて先程の非礼を詫びなければと思い顔をあげると、小十郎様が一足先に口を開いた。

「さっきは悪かった」

「え…」

突然の謝罪に目を瞬かせる。
謝らなければならないのは私の筈なのに。

「こ、小十郎様は何も悪く有りません。私の方こそ注意して頂いたのに…」

「いや、違うんだ。 お前は悪くない」

キュ…と、車が静かにブレーキを掛けた。
フロントガラスの向こうには、キラキラと輝く夜景と赤信号。

「…小十郎様…?」

言葉の意味が分からずに、運転席へ顔を向ける。

「…どうも、お前の事になると自制が効かないんだ」

ハンドルを握ったままの小十郎様は目の前の景色から目を逸らさずにポツリと呟いた。

「…っ…」

小十郎様の言葉にドキンッと心臓が大きく音を立てた。

そして、ふいにこちらを見て苦しそうに笑みを零す。

「何でだろうな。」

翡翠色の瞳と視線がかち合い、その表情の切なさに再び胸が締め付けられた。

((…どういう意味…?))

意味深な小十郎様の言葉に今度はドキドキと鼓動が耳に響く程煩い。
怒っているのかと思っていた小十郎様から発せられた思いがけず優しい声と意味深な言葉。

思考が纏まらないうちに信号が青に変わり、またゆっくりと車が発進し始めた。

「この後、予定ある?」

「…い、いえ。何も。」

「じゃあ、少し寄り道しないか」

「っ…」

願ってもみない小十郎様からの申し出にカッと頬が熱くなる。
分かりやすく狼狽えた私は頭に熱が登るのを感じながらも必死にコクコクと頷いた。


小十郎様の運転する車はそのまま進路を変更し、私の住むアパートとは反対の方向に向かって走っていく。
これから何が起こるのか分からない期待と、不安を感じながらも、車内に響くエンジン音を聞いていた。




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