現パロ小十郎

□会社がピンチA
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「こちら、お待ちの間にどうぞお召し上がり下さい」

武田様と山本様の前に、私は先ほどまで準備していた作りたてのお茶菓子を並べて差し出した。

本当に、これで大丈夫だったのだろうか…。

言い知れない緊張に手が震えそうになるのをグッとこらえて、お茶とお茶菓子を丁寧にテーブルへと並べた。


「…ん? こいつはもしかして」

私がテーブルに並べたお皿を見るや否や武田様が驚いたように目を見張った。
その瞬間、ドキンっと嫌な緊張感が私を襲う。

「はい、きなこもちです。」

テーブルの上には、先程私が作ったきなこもちと黒蜜を載せた季節感の有るお皿が乗っていた。

「数年前のインタビュー記事で武田様がお母様が作られたきなこもちが思い出の味だと仰って居たのを拝見致しまして、僭越ながらご用意させて頂きました。」

国内有数のVIPに、庶民の味の代表のようなきなこもちをお出しするのはやはり失礼だったかも知れない…と不安が過ぎる。

それでも心を込めて作った物だから恥じる事は無い、と自分に強く言い聞かせた。
今日の為に、きなこも黒蜜もお餅もすべて納得が行くまで何度も作り直してきた。
そして今朝、時間ギリギリまで大豆を炒ってきなこを作り、黒砂糖で黒蜜を手作りし、お餅もつきたてを用意した。
全て手作りのきなこもちは、世界にたった一つの優しい味に仕上がっている筈だった。

「はっ…おもしれえ! こんな場所できなこもちが出てきたのは初めてだ。 遠慮無く頂くぞ」

武田様は私を見て、可笑しそうに笑うと大きな手で器用に菓子切りを使ってきなこもちを食べ始めた。


「…。」
「…。」


無言の時間がひどく長く感じる。
お出ししたお茶からはまだ湯気が上がっていると言うのに、もう何時間もその場に立ち尽くしているようなそんな気持ちになってしまう。


「ふん…」


きなこもちを数口召し上がった後、武田様が鼻で笑う音が耳に響いた。


((…やっぱり…ダメだったんだ…))


やはりVIPにきなこもちをお出しするなんて失礼だったのだ。
カチャと小さくお皿を置く音が聞こえ、自分が作ったお茶菓子が失敗だった事を悟った。

((…会社が大変な時なのに…))

結局何の役にも立てない自分が酷く情けなく、それどころか会社のピンチを救うかもしれないVIPに対して、失礼を働いてしまったのだ。

気が遠くなって行くのを感じながらその場に立ち尽くしていると


「おい、これはお前が作ったのか」


突然武田様が立ち上がり私の前に立ちはだかった。

「っ…! は、はい。」

低く響く声にビクッと身体が跳ね上がる。
まるで野生の熊と対峙しているかのような威圧感を感じながら、おずおずとそちらを見上げると、思いがけず人懐こく豪快な笑顔が私を見下ろしていた。


「へ…」

「気に入った。こんなに美味いきなこもち初めて食った」

それは紛れも無い、私の作ったきなこもちへの賛辞だった。

口を大きく開けてニカッと笑ってみせる武田様。
これで良かったのだ…と、その言葉がじわじわと私の中に染み渡り初めたその時…。

突然私はその大きな掌と逞しい胸に強引に抱き寄せられていた。


「…っ…!?」


何が起こったのかがさっぱり分からず、身体が硬直してしまう。
目の前に在る厚い胸板からは、甘くない爽やかな香水がふわりと香った。



「俺の女になれ。そうすればこの会社を救ってやる」


野性味を帯びた低音が私の耳を甘くくすぐった。





続く



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