現パロ小十郎

□会社がピンチA
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それからと言うもの、私は仕事の合間や終業後を使って会社の資料室に篭もり、来週いらっしゃると言うお客様の来社記録やその方が載っている新聞記事や雑誌などをとにかく調べ尽くしていた。
少しでも、喜んで頂けるお茶菓子を作るヒントになればと思ったのだ。

小十郎様は重要なお客様としか仰らなかったけれど、その方は財界にかなり名前の通った方で毎年の高額納税者のリストにも乗るほどの超VIPのようだった。

((…こんな方に満足して頂けるようなお菓子なんて…私作れるのかな…))

調べれば調べる程に、お客様がとんでもない大物である事が分かってしまい、どんどん不安が募っていく。
いくら料理が好きだと言っても、パティシエな訳ではない。
作れるものと言えば家庭料理の延長のような簡単なお菓子位しかないのに、本当に大丈夫だろうか。

((きっと…会社が大変な状態だから、政宗様もこの方と会うんだろうし…。もし、失礼があれば会社の存続にも影響が出ちゃうかもしれない…))

そう思えば、どんどん自分の任された仕事がとても大切な物だと自覚して怖くなる。
これ程のVIPなのだから世界の高級菓子はきっと食べ尽くして居るだろう。
お茶菓子と一緒に出すお茶もきっとかなり高級なものでなければ満足して貰えない。
そう考えると、私が作れるお菓子のレパートリーの中で高級感を出せて更にお客様に満足して頂けるような物があるとは思えなかった。

「…どうしよう…」


来週いらっしゃると言うならば、失礼が無いように何度か練習をして置きたいとも思っていた。
そうなると、今日か明日までに食材を決めたい所なのに、全くアイディアは思い付かなかった。




「…あ、この記事…」

資料室に籠ること数時間、たまたま開いた雑誌のほんの小さな一文に目が止まった。
過去にその方が、対談形式でインタビューを受けたものだった。
きっと注目しながら読まなくては見過ごしてしまいそうな、一言。
だけど、そこにしっかりと今回のお菓子作りのヒントが書かれていたのだ。

「これなら私でも作れそう…!!」


そして、私は早速お客様の為にお出しするお茶菓子作りに取り掛かったのだった。





そして、お客様が来る当日。
私は朝からバタバタと準備に追われていた。

「ちょっと弥彦!? もうお客様来ちゃうわよ〜?」
「うん! ごめんねザビちゃん! もう出来るから!!」

なるべく作り立てをお出ししたいと思い、お客様がいらっしゃるギリギリの時間に調理を開始した為、先日ロスから戻ったザビちゃんがそわそわとキッチンの入口に立って私を急かしていた。

「よし、これで大丈夫!」
「んもー!冷や冷やしちゃうわよ!」
「ふふ、ごめんね」

その時、丁度ドアが開き、ひょこっと其処からルイスが顔を出した。

「オイ、弥彦。 オキャクサマが来たゾ。」
「あ、ありがとう!」

急いでエプロンを外して、来客用のエレベーターまで迎えに出た。
小十郎様と政宗様は朝から外に出ており、お客様のお出迎えは私がする事になっていた。

チンと小気味いい電子音が鳴ると同時に、フロアに緊張が広がったのが分かった。
今日のVIPの来社は全社員に通知されており、その重要性は誰もが理解していた。
フロアに居る全員がデスクから立ち上がり、お客様が乗っていらっしゃるエレベーターへ身体を向ける。

そして、ゆっくりとエレベーターの扉が開いた
その瞬間に全員が一斉にそちらに頭を下げた。
私も同じように頭を下げ、そして笑顔でお客様を出迎えた。


「お待ちしておりました。武田様ーーッ…!」


しかし、その姿を認めた瞬間思わず言葉を失った。

「ここはいつもいつも出迎えが仰々しいな」

目の前に立っていたお客様は、想像していたよりもずっと大きく、そして何とも言いがたい雰囲気と飲み込まれそうな程の迫力が有る男性だった。

((…凄い迫力…))

数メートル離れて立っていると言うのにその立ち姿たるや、まるで昔映画で見たゴッドファーザーのようなそれだった。

「ん? 見ねえ顔だな。新人か?」
「っ…は…はい、政宗様の秘書の苗字弥彦と申します」

その人は、燃えるような真っ赤な髪に意志の強い光を瞳に湛えていた。
決してそうしている訳では無いのに威圧されている程の存在感が其処には有った。

「ああ、あいつらが少し遅れるって連絡は貰ってるからな、気を使う事はねえよ、少し待たせてくれ」

その人は、大股でこちらに歩いてくると、豪快に笑い私の肩をポンと叩く。
軽く叩かれた筈の肩はその大きな掌の分だけズシリと重くなった。

「で?俺は何処に行けばいい?」
「あっ…、こ、こちらです」

既にその雰囲気に殆ど飲まれていた。
こちらからお客様をエスコートしなければ成らないのに、武田様の豪快な雰囲気に頭が真っ白になってしまっていたのだ。

しどろもどろになりながら、武田様を社長室にご案内すると、応接セットのソファーにお掛け頂いた。


「えっ…!?」

その時、武田様の傍らに無表情のまま立っているスリーピース姿の男性を見つけて思わず目を見張った。

((…だ…誰…!!? と、言うかいつの間に…))

思わず目を丸くして固まっていると、その男性は静かに首をこちらに向けて、流れるような動作で私に名刺を差し出した。

「…秘書の山本です。お見知りおきを」
「あっ…も、申し訳ございません! 社長秘書の苗字と申しますっ…」

慌てて私も名刺を差し出すと、山本様は音もなく名刺を受け取ると私にぺこりと頭を下げた。

((…なんだか…凄く…不思議な人達…))

今にも飲み込まれそうな程の雰囲気を持った豪快な男性と、存在を確認する事すら危ういほど影の薄い秘書の男性。

今までに会ったことの無いタイプのお2人を前に秘書として政宗様のお留守を守っている筈が、完全にペースを乱されてしまっていた。

そんな自分を恥ずかしく思いながらも、せめてお待ち頂く間のおもてなしを、心を込めてさせて頂こうとお茶菓子を用意したキッチンへと向かった。



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