現パロ小十郎

□副社長のお弁当A
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『だし巻き卵入れておきました 苗字』


最近、出社すると必ず椅子の上に置いてある包み。
そこに挟んで有るメッセージカードに思わず口元が緩む。

ここ1ヶ月、土日以外は休まずに毎朝俺の椅子に置いてある手作りの弁当は、半年程前に政宗様の食事係として抜擢した苗字弥彦が作った物だ。
短大を卒業したばかりで社会経験も無い者を政宗様のお側に置く事も躊躇われたが、他人の料理を口にしない政宗様が唯一苗字の作った物だけは召し上がれる事を知れば、なんと言われようがそんな貴重な人材を逃す事は出来なかった。
元々世話好きな性格なのか、思った以上に政宗様の食事の世話を良く見てくれている。
また、社長秘書などと言う肩書きを一応与えてみたもののさしてそこには期待していなかったが、想像以上に努力家で約半年で秘書としての仕事を粗方こなすようになった。

その上、俺の食事内容まで気にし始めた苗字はこうして自分の弁当と一緒に俺の分まで作って差し入れてくれるようになったのだった。

「本当に…変わった子だな」

毎日毎日残業ばかりしている癖に、こうも毎日しっかりとした弁当を作ってくるマメさには感服している。

そして、この弁当を毎日食べるようになって、図らずも仕事の効率が格段に上がったのもまた事実だった。
きちんとした食事を摂るようになった為か、午後になっても頭が冴えて仕事が捗る。
あまり意識した事はなかったが、こうもはっきりと作業能率が上がればきちんとした食事と言うものは侮れない事は痛感していた。

ちらりと視線を苗字のデスクに向けると、彼女は既に忙しそうに電話を受けたり、書類の整理をしている所だった。

苗字は社長室付きの秘書としての立場がある為に俺と直接仕事が一緒になることはあまり無い。
俺が政宗様と同行する時などは基本的に一緒だが、あまり其処で苗字と話すと言う事も無かった。

その為、俺と苗字の間には仕事の話し以外の会話と言うものが殆ど無い。
有るとすれば苗字が残業をしている時にたまたま俺がオフィスに戻ってくる僅かな時間位だったが、最近はお互いに外での仕事が多くなりそれもあまり叶っては居なかった。

お陰でここ数週間はきちんと苗字に弁当のお礼も伝えられず、弁当箱に挟んだメモ用紙で一日一回会話をしているだけだった。
今日のだし巻き卵についても以前、俺が『だし巻き卵が美味しかった』とメモを残したのを覚えて居たのだろう。


「弥彦ちゃん、この間はごめんね。助かったよ」

ふいに、気安く苗字の名を呼ぶ聞き慣れた声が耳に触れ、思わずそちらに目を向ける。

「あ、田中さん。お疲れ様です。本当にいつも急なんですもん!ビックリしましたよ」

俺がまだ今のポストに収まる前、部下として育てた一人、田中だ。
妙に抜けている所が有るが、それでも俺を信頼してどんなに困難な企画や商談でもサポートし続けてくれる義理に厚い男だった。

「本当にいつもごめんね。これ、お詫び」
「え!いつもいつもこんなに良いものばかり頂け無いです」

そんな田中が、俺の視界の端で苗字に何か贈り物をしているのが見て取れた。
どうやら、先日急遽苗字が作るハメになった資料への詫びらしい。

「せめてもの気持ちだから受け取って置いて!またお願いするかもしれないし!」
「次はせめて前日じゃなくて二日前までにはお願いします」

田中から受け取った小さめの紙袋を胸元で抱えながら、ぷくっと頬を膨らませて見せる姿は年相応の女性のようだった。

((…あんな屈託無く笑えるのか…))

自分と話している時の何処か緊張しているような固い表情とは違う、力を抜いた苗字の笑顔に胸の奥がザワつくのを感じる。

((…何だ…?))

胸のザワつく感覚が不快で思わず眉根を寄せる。
目の前のPCを立ち上げてメールをチェックしながらも、離れた場所に居る筈の田中と苗字の会話がやけに耳について仕方が無かった。





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